最終更新:2026年10月20日
マイクロ法人とは、個人事業を続けながら、自分一人の小さな法人を別に持ち、その法人から少額の役員報酬を受けて健康保険・厚生年金に入る形を指す俗称です。法律上の用語ではありません。社会保険料の土台が個人事業の所得ではなく法人の役員報酬になるため、「社会保険料が下がるスキーム」として紹介されることがあります。ただ、厚生労働省は2026年3月と9月に、法人の役員の被保険者資格は形式ではなく実態で判断するという通知を出しました。この記事は、マイクロ法人を社会保険料の節約や節税のスキームとして勧める立場をとりません。日本年金機構・協会けんぽ・厚生労働省・e-Gov法令検索で確認できた範囲で、仕組みと作り方、否認や指摘のリスクを整理します。最終更新日時点の制度で書いています。
マイクロ法人とは?結論から
マイクロ法人は「個人事業」と「役員報酬を払う小さな法人」の2つを一人で同時に持つ形で、社会保険の加入先が法人側に移るのが最大の特徴です。個人事業だけの場合、法人成りした場合と並べると違いが見えます。
| 形 | 事業をする主体 | 健康保険・年金 | 保険料の土台 |
|---|---|---|---|
| 個人事業主だけ | 個人 | 国民健康保険・国民年金 | 国保は前年の所得で区市町村ごとに計算。国民年金は定額 |
| 法人成り(一人法人) | 法人(個人事業は廃業) | 健康保険・厚生年金 | 役員報酬の標準報酬月額 |
| マイクロ法人(併用) | 個人と法人の両方 | 法人で健康保険・厚生年金 | 法人の役員報酬の標準報酬月額。個人事業の所得は入らない |
健康保険の被保険者は国民健康保険の対象から外れ(国民健康保険法6条)、厚生年金の加入者は国民年金の第2号被保険者として、厚生年金の保険料のほかに国民年金の保険料を負担しません(日本年金機構 第2号被保険者)。この2つの仕組みが重なって、マイクロ法人という形が生まれています。
マイクロ法人の社会保険料の仕組み(制度・要件・費用)
マイクロ法人の社会保険料は、法人が払う役員報酬を保険料額表に当てはめた標準報酬月額で決まり、会社と本人で折半したうえで、一人法人なら両方を自分と自分の会社が払います。前提になる要件と料率を表にしました。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 加入の義務 | 法人の事業所は、事業主を含めて常時雇用される者が1人以上いれば加入が必要 | 日本年金機構Q&A |
| 役員が被保険者になる条件 | 法人から労務の対償として報酬を受けていること。経営への参画を内容とする経常的な労務の提供か、報酬がその対価として経常的に払われているかを実態で総合判断 | 厚生労働省 通知(令和8年3月18日・9月14日一部改正) |
| 標準報酬月額の下限 | 健康保険は1等級5万8千円(報酬月額6万3千円未満)、厚生年金は1等級8万8千円(9万3千円未満) | 協会けんぽ 東京支部 保険料額表 |
| 料率(東京支部・令和8年度) | 健康保険9.85%、子ども・子育て支援金0.23%(令和8年4月分から)、厚生年金18.3%。40〜64歳は介護保険1.62%が加わる。会社だけが拠出金0.36%を払う | 協会けんぽ・日本年金機構 |
| 法人の固定費 | 法人住民税の均等割は標準税率で年7万円(資本金等1,000万円以下・従業者50人以下)。赤字でもかかる | 地方税法52条・312条 |
| 将来の年金 | 厚生年金の報酬比例部分は、加入期間と標準報酬月額・標準賞与額の平均で決まる | 日本年金機構 報酬比例部分 |
架空の例で、40歳未満の人が東京都の法人から役員報酬を月6万円受けた場合を、協会けんぽ東京支部の令和8年度の保険料額表で計算します。数字はすべて例です。
| 例:報酬月6万円・40歳未満 | 月額(会社と本人の合計) | うち本人負担 |
|---|---|---|
| 健康保険(標準報酬月額5万8千円) | 5,713.0円 | 2,856.5円 |
| 子ども・子育て支援金 | 133.4円 | 66.7円 |
| 厚生年金(標準報酬月額8万8千円) | 16,104.0円 | 8,052.0円 |
| 子ども・子育て拠出金(8万8千円×0.36%) | 316.8円 | 0円 |
| 合計 | 22,267.2円(年267,206.4円) | 10,975.2円 |
参考までに、国民年金保険料は令和8年度で月17,920円です(日本年金機構)。この例の保険料は個人事業の所得が増えても変わりませんが、その分、将来の厚生年金の報酬比例部分も標準報酬月額8万8千円の水準で積み上がります。保険料の安さは、そのまま給付の小ささでもあります。役員報酬と保険料の関係は役員報酬と社会保険料の計算で、月20万円以上の例も含めて書いています。
マイクロ法人の作り方(手順)
マイクロ法人の作り方は、普通の一人法人の設立と同じ手続きに、「個人と法人で別の事業を、別の契約と帳簿で回す」設計を先に足すことです。順番に並べます。
- 法人で行う事業を決める:個人事業とは別の事業、別の取引先・契約にします。同じ仕事を名義だけ分ける形は、後で述べる否認のリスクにつながります
- 法人を設立する:合同会社なら登録免許税は資本金の0.7%で、最低6万円です(国税庁 No.7191)。会社の種類の選び方は合同会社と株式会社の違い、費用の内訳は合同会社の設立費用にまとめています
- 役員報酬を決める:損金になる役員報酬は、原則として事業年度開始から3か月以内に決め、毎月同額で払います(定期同額給与とは)。報酬が0円なら健康保険・厚生年金には入れません
- 社会保険の新規適用届と資格取得届を出す:事実発生から5日以内です(日本年金機構 新規適用の手続き)。書類の詳細は社会保険の新規適用届に任せます
- 国民健康保険をやめる手続きをする:健康保険に入ったら、住んでいる区市町村で国保の資格喪失の手続きをします
- 口座・請求書・帳簿を分ける:法人の売上は法人の口座に入れ、法人の経費だけを法人の帳簿に載せます
- 毎年2本の申告をする:個人の確定申告と、法人の決算申告です
個人事業主・副業の人の判断ポイント
マイクロ法人を検討する個人事業主・副業の人がまず確かめるべきなのは、法人で行う事業に、役員報酬を払い続けられるだけの実態と売上があるかどうかです。社会保険料の差から逆算して法人を作ると、判断の順番が逆になります。
| 論点 | 個人事業(個人) | 法人 |
|---|---|---|
| かかる税 | 所得税・住民税・個人事業税 | 法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税など |
| 申告 | 確定申告(暦年) | 決算申告(事業年度ごと) |
| 社会保険への影響 | 所得は健康保険・厚生年金の保険料に入らない | 役員報酬の標準報酬月額で保険料が決まる |
| 赤字の年 | 所得税・住民税の所得割はかからない | 均等割はかかる |
法人側の税金の計算の順番は法人税の計算をざっくりで、法人で事業を始めたときの消費税の扱いは法人成りと消費税の「新設法人の1期目・2期目」の部分が参考になります。
ぼくは一人でtiny合同会社を作り、代表として健康保険・厚生年金に入っています(tiny合同会社を設立してわかったこと)。国民健康保険より保障は厚くなりましたが、法人化してからいちばん大変だったのは社会保険の手続きと毎月の支払いでした。法人の決算申告は個人の確定申告とは別物で、税理士はほぼ必須です。ぼくの場合、顧問料は月2万円、均等割は年7万円かかっています。マイクロ法人は、この法人の手間と固定費に加えて、個人事業の確定申告も続ける形です。社会保険料の差だけを見て選ぶと、手間の総量を見落とします。
会社員が副業でマイクロ法人を作る場合は、前提が変わります。すでに勤務先の健康保険・厚生年金に入っているので、法人から役員報酬を受けると、2つの事業所の報酬を合算して標準報酬月額が決まり、事実発生から10日以内に二以上事業所勤務の届出が要ります(日本年金機構 複数の事業所に雇用されるようになったとき)。役員就任や副業そのものが就業規則の副業規定に関わるので、先に勤務先の規定を確認してください。
マイクロ法人のよくある間違いと注意点(否認・指摘のリスク)
マイクロ法人でいちばん危ういのは、「法人を作って報酬を低くすれば、誰でも保険料が下がる」と考えることです。社会保険も税も、名義ではなく実態で判断する仕組みを持っています。
- 役員としての実態がない:厚生労働省の令和8年3月18日の通知(保保発0318第1号・年管管発0318第1号)は、社会保険料の削減をうたって個人事業主等を法人の役員にし、報酬を上回る会費等を払わせる事業所があるとして、取扱いを明確化しました。実態がないと確認されれば資格喪失の届出をさせ、事実と異なる資格取得の届出は健康保険法48条・厚生年金保険法27条に反するとしています。9月14日の一部改正では、会費等が報酬以下でも、相互互助的な連携にすぎない場合などは使用関係が認められない可能性があると加えました(厚生労働省)。通知が直接対象にしているのは会費型の仕組みですが、判断基準は法人の役員全般に共通です
- 同じ事業を名義だけ分ける:所得税法12条と法人税法11条は、収益の名義人が単なる名義人で、別の者が収益を享受している場合、享受している者に帰属するとしています(所得税法・法人税法)
- 個人と法人の間で取引を作る:同族会社の行為や計算で個人の所得税や法人税の負担を不当に減少させると認められる場合、税務署長はそれを否認して計算し直せます(所得税法157条・法人税法132条)
- 報酬を0円や不定期にする:無報酬では被保険者になれず、報酬を期中に動かすと損金にならない部分が出ます
- 維持費を数えない:均等割・税理士費用・設立費用・2本の申告の手間がかかります
マイクロ法人を名指しで解説した国税庁のページは見当たりませんでした。上の税の項目は条文の一般的な内容で、個別の事例が否認されるかどうかを示すものではありません。この記事は、最終更新日時点の厚生労働省・日本年金機構・協会けんぽ・国税庁・e-Gov法令検索で確認できた制度で書いています。個別の判断(自分の会社がどうするか)は、税理士・司法書士・社労士に確認してください。
マイクロ法人に関するよくある質問
マイクロ法人とは何ですか?
個人事業を続けながら自分一人の小さな法人を持ち、その法人から役員報酬を受けて健康保険・厚生年金に入る形を指す俗称です。法律上の用語ではありません。個人と法人の両方で事業をし、確定申告と決算申告の両方を行います。
マイクロ法人で社会保険料は安くなりますか?
保険料は法人の役員報酬の標準報酬月額で決まり、個人事業の所得は入らないため、計算上は低くなる場合があります。ただし役員としての実態と、業務の対価としての経常的な報酬が必要で、実態がなければ被保険者資格は認められません。将来の厚生年金も低い標準報酬月額の水準で積み上がります。
マイクロ法人はスキームとして違法ですか?
個人事業と法人を両方持つこと自体は禁止されていません。一方で、役員の実態がない加入、同じ事業の名義だけの分割、税負担を不当に減らす取引は、社会保険の資格喪失や税の否認の対象になり得ます。この記事は節税や保険料削減のスキームとして勧めません。
マイクロ法人の作り方と費用は?
法人を設立し、役員報酬を決め、社会保険の新規適用届と資格取得届を5日以内に出し、国保をやめる手続きをします。合同会社の登録免許税は最低6万円です。設立後は均等割(標準税率で年7万円)と決算申告の費用が毎年かかります。
おわりに──マイクロ法人は、保険料の節約術ではなく二つ目の事業の持ち方
マイクロ法人は、保険料の土台を個人の所得から法人の役員報酬に移す形です。そこだけ切り取ると節約術に見えます。でも社会保険も税も、名義ではなく実態を見て判断します。マイクロ法人で決めるべきことは、保険料がいくら下がるかではなく、法人で続ける二つ目の事業が本当にあるかどうかです。