最終更新:2026年10月20日
法人成りのタイミングは、売上や「年収◯万円」の一本の線では決まりません。所得税と法人税の税率の差、国民健康保険・国民年金から健康保険・厚生年金への切り替え、消費税の免税期間、取引先からの信用、決算や手続きの手間を並べ、自分の数字で試算してはじめて見えてきます。この記事では、国税庁・日本年金機構・協会けんぽ・東京都主税局・区の公式ページで確認した2026年(令和8年)分の制度で、判断軸の表と、架空の所得800万円での比較を示します。確定申告の全体はフリーランスの確定申告ガイド、独立時の保険証の切り替えは独立したら保険証はどうなるのかに任せ、ここでは「いつ法人にするか」だけを扱います。最終更新日時点の制度で書いています。
法人成りのタイミングとは?結論から
法人成りのタイミングとは、個人事業の利益を「個人の所得」として課税され続けるより、法人の利益と役員報酬に分けたほうが、税金・社会保険料・手間を合わせて納得できるようになる時点のことです。判断に使う軸は次の5つです。
| 判断軸 | 個人事業主のまま | 法人成りした後 |
|---|---|---|
| 利益にかかる税 | 所得税は5%〜45%の7段階(No.2260)に、住民税の所得割10% | 中小法人の法人税は年800万円以下の部分15%、超える部分23.2%(No.5759)に地方税が加わる |
| 社会保険 | 国民健康保険と国民年金 | 社長一人でも健康保険・厚生年金に加入が必要(日本年金機構Q&A) |
| 消費税 | 前々年の課税売上高で判定 | 個人時代の売上は数えず、資本金1,000万円未満なら1期目・2期目は原則免税(インボイス登録をしない場合など) |
| 信用 | 個人への発注になる | 法人への発注として取引先の社内を通しやすくなることがある |
| 手間と固定費 | 確定申告1本 | 法人の決算申告、社会保険の手続き、赤字でもかかる均等割 |
消費税の論点は法人成りと消費税に、法人税の計算の順番は法人税の計算をざっくりに詳しく書いたので、この記事は5つの軸をどう重ねるかに絞ります。合同会社と株式会社のどちらで法人成りするかは合同会社と株式会社の違いで比べています。
法人成りの判断に使う制度と料率(2026年分)
法人成りの比較で数字が動くのは、所得税の控除が2026年分から変わったことと、社会保険料の土台が「所得」から「役員報酬」に変わることの2点です。確認した内容を表にしました。
| 項目 | 2026年(令和8年)分の内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 所得税の基礎控除 | 合計所得489万円以下は104万円、489万円超655万円以下は67万円、655万円超2,350万円以下は62万円(令和8年分・令和9年分。令和7年分は最高95万円) | No.1199 |
| 給与所得控除(役員報酬にも使う) | 収入220万円までは74万円、上限は850万円超の195万円(令和8年分・令和9年分) | No.1410 |
| 青色申告特別控除 | 令和8年分までは最高65万円。令和9年分からは優良な電子帳簿などで最高75万円、65万円はe-Tax必須、書面申告は上限10万円 | No.2072・国税庁パンフレット |
| 復興特別所得税 | 所得税額の2.1%。令和9年1月1日以後に生ずる所得は1.1%に下がり、防衛特別所得税1%が加わる | No.2260 |
| 個人事業税(東京都) | 法定業種の第1種・第3種の多くは5%。事業主控除は年290万円で、青色申告特別控除は引かない | 東京都主税局 |
| 国民年金保険料 | 月17,920円(令和8年度) | 日本年金機構 |
| 健康保険・厚生年金(東京支部) | 健康保険9.85%、子ども・子育て支援金0.23%(令和8年4月分から)、厚生年金18.3%を会社と本人で折半し、会社は拠出金0.36%も払う | 協会けんぽ・日本年金機構 |
| 法人住民税の均等割 | 資本金等1,000万円以下・従業者50人以下で、標準税率は道府県分2万円+市町村分5万円の年7万円。赤字でもかかる | 地方税法52条・312条 |
個人事業主の国民健康保険料は、前年の所得をもとに区市町村ごとの料率で決まります。法人の健康保険・厚生年金は、所得ではなく役員報酬の標準報酬月額で決まります。社会保険料の計算の仕組みは役員報酬と社会保険料の計算で詳しく扱っています。
法人成りのタイミングの比べ方(架空の所得800万円の例)
比べ方は、同じ利益を「個人のまま」と「法人にして役員報酬を月30万円・月50万円にした場合」で並べ、税金と社会保険料の合計と、手元と法人に残るお金を見ることです。数字はすべて架空の例で、前提は次のとおりです。
| 前提(例) | 内容 |
|---|---|
| 人 | 東京都渋谷区に住み、事務所も同区。40歳未満・単身・扶養なし。ほかの所得なし |
| 利益 | 売上から経費を引いた事業の利益800万円(青色申告特別控除・役員報酬・会社負担の社会保険料を引く前)。毎年同じと置く |
| 個人のまま | 青色申告特別控除65万円。個人事業税は法定業種(5%)に当たる前提。国民健康保険料は渋谷区の令和8年度の料率(所得割計10.58%・均等割計67,073円) |
| 法人 | 資本金1,000万円以下の合同会社・事業年度12か月。社会保険料は協会けんぽ東京支部の令和8年度保険料額表 |
| 省略したもの | 住民税の調整控除、端数処理(給与所得は速算式で計算)、事業税を翌期の損金に入れる調整、税理士の費用、設立費用 |
| 例(円) | 個人のまま | 法人・報酬月30万円 | 法人・報酬月50万円 |
|---|---|---|---|
| 所得税・復興特別所得税(本人) | 730,525 | 45,383 | 152,435 |
| 住民税(本人・均等割と森林環境税を含む) | 595,500 | 154,900 | 312,800 |
| 個人事業税 | 255,000 | なし | なし |
| 法人の税金(法人税から均等割まで) | なし | 937,881 | 322,335 |
| 社会保険料(国保・国民年金、または会社と本人の合計) | 1,014,249 | 1,034,640 | 1,724,400 |
| 税金と社会保険料の合計 | 2,595,274 | 2,172,804 | 2,511,970 |
| 本人の手取り | 5,404,726 | 2,888,877 | 4,683,365 |
| 法人に残るお金(税引後) | なし | 2,938,319 | 804,665 |
個人のままの所得税は、所得735万円から基礎控除62万円と社会保険料101万4,249円を引いた課税所得571万5,000円に20%を掛け、42万7,500円を引いた71万5,500円です。法人の報酬月30万円の列は、給与所得244万円に基礎控除104万円が効くので、本人の所得税は4万4,450円まで下がります。
この例では法人の2列のほうが合計は小さく見えます。ただし月30万円の列は、約294万円が法人に残っていて、個人のお金ではありません。あとで報酬や配当として受け取れば、そのときに税金と社会保険料がかかります。税理士の顧問料を年24万円と置いて計算し直すと、月30万円の列は約236万円、月50万円の列は約270万円になり、月50万円の列は個人のまま(約260万円)を上回りました。所得1,200万円で同じ計算をすると、個人のまま約426万円、月30万円で約316万円、月50万円で約344万円です。同じ所得でも、役員報酬の置き方と維持費で順番が入れ替わります。
個人事業主・副業の人の判断ポイント
個人事業主・副業の人が法人成りを考えるときは、税額の差より先に「法人にしないと取れない仕事があるか」と「毎年の手続きを回せるか」を確かめるのが順番です。税額の差は、役員報酬と経費の置き方でいくらでも変わるからです。
ぼくがtiny合同会社を作ったきっかけは、先輩の「箱だけ作っといて。仕事振るから」という一言でした(tiny合同会社を設立してわかったこと)。BtoBでは発注側に稟議や与信の審査があり、個人より法人への発注のほうが社内を通しやすい。法人にしてから仕事は受けやすくなりました。一方で、社会保険の手続きと毎月の支払いは想像以上に大変で、法人の決算申告は個人の確定申告とは別物なので、税理士はほぼ必須でした。ぼくの場合、顧問料は月2万円、法人住民税の均等割は年7万円です。上の例で税理士費用を足すと結論が動くのは、この固定費があるからです。
会社員の副業として事業をしている人は、退職して独立するまで法人成りを急ぐ理由は多くありません。法人から役員報酬を受けると、勤務先と法人の報酬を合算して標準報酬月額が決まり、事実発生から10日以内の届出も要ります(日本年金機構 複数の事業所に雇用されるようになったとき)。就業規則の副業規定にも関わります。法人化の前に勤務先の規定を確認してください。
法人成りのタイミングでよくある間違いと注意点
いちばん多い間違いは、「年収◯万円を超えたら法人成り」という目安を、自分の数字で検算せずに使うことです。比べる相手は年収ではなく、税金・社会保険料・維持費を合わせた総額です。
- 売上と所得を混ぜる:消費税の判定は課税売上高、所得税と法人税は所得で見ます。「売上いくらで法人成り」は2つの物差しを混ぜた問いです
- 国民健康保険料を入れずに比べる:国保は区市町村ごとに違い、上の例では年約80万円でした。自分の区市町村の料率で入れてください
- 法人に残ったお金を手取りと数える:法人の口座のお金を個人で使うには、役員報酬・配当・役員貸付金のどれかを通ります
- 何月に法人成りするかで個人の申告を忘れる:年の途中で法人成りしても、その年の1月1日から廃業日までの分は個人として確定申告します。個人事業の廃業届は、廃業した年分の確定申告期限までに出します(国税庁 開業・廃業届出等手続)。法人の決算月は自由に選べます(決算月の決め方)
- 役員報酬を後から動かせると思う:損金になる役員報酬は、原則として事業年度開始から3か月以内に決めて毎月同額にします(定期同額給与とは)
- 2026年分の控除で翌年以降も計算する:基礎控除104万円・給与所得控除74万円は令和8年分・令和9年分の金額です。令和9年分からは青色申告特別控除と復興特別所得税も変わります
この記事は、最終更新日時点の国税庁・日本年金機構・協会けんぽ・東京都主税局・渋谷区・e-Gov法令検索で確認できた制度で書いています。個別の判断(自分の会社がどうするか)は、税理士・司法書士・社労士に確認してください。
法人成りのタイミングに関するよくある質問
法人成りは売上や所得がいくらになったらするべきですか?
一律の金額はありません。所得が同じでも、役員報酬の額、国民健康保険料、税理士費用で結論が入れ替わります。架空の所得800万円の例でも、報酬月30万円なら法人が有利に見え、月50万円で税理士費用を入れると個人のほうが総額は小さくなりました。
法人成りは何月にするのがいいですか?
個人の課税期間は暦年なので、年の途中で法人成りすると、個人の確定申告と法人の1期目が同じ年に重なります。法人の決算月は自由に決められ、1期目の長さは消費税の特定期間の判定にも関わります。繁忙期と役員報酬を決める時期を先に置いて逆算するのが確実です。
法人成りすると社会保険料は上がりますか?
役員報酬しだいです。法人の健康保険・厚生年金は、所得ではなく役員報酬の標準報酬月額に料率を掛け、会社と本人の分を合わせて一人法人が負担します。上の例では、報酬月30万円で年約103万円、月50万円で年約172万円でした。
法人成りと消費税の関係は?
個人時代の売上は法人の基準期間に含まれないので、資本金1,000万円未満の法人は1期目・2期目が原則免税です。ただしインボイス登録をした場合や、特定期間の売上と給与が1,000万円を超えた場合などは免税になりません。
おわりに──法人成りのタイミングは、年収の線ではなく報酬の置き方で決まる
法人成りの目安として語られる年収の線は、役員報酬・国民健康保険料・維持費を全部「平均的な誰か」の数字で埋めた答えです。自分の数字を入れると、同じ所得800万円でも結論は入れ替わりました。法人成りのタイミングで決めるべきことは、年収が線を越えたかではなく、法人にしないと取れない仕事があるかと、自分に払う役員報酬をいくらに置くかです。