退職日に、会社へ保険証を返します。その瞬間から、自分で健康保険を用意しなければなりません。結論から先に書きます。独立後の保険は、法人にするか個人事業主でいくかで、選べる道がまったく変わります。法人なら社会保険が原則として義務、個人事業主なら任意継続か国民健康保険の二択です。そして任意継続には、退職から20日以内という期限があります。ここを逃すと、選択肢がひとつ消えます。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年働き、40歳でtiny合同会社を設立しました。独立準備でいちばん焦ったのが、この保険証まわりです。当時ほしかった情報を整理します。
まず、全体像を押さえる
選択肢は3つですが、どれを選べるかは、独立の形で決まります。
| 選択肢 | 誰が選べるか | 期限 |
|---|---|---|
| 任意継続 | 個人事業主・法人にするまでの人 | 退職の翌日から20日以内 |
| 国民健康保険 | 個人事業主 | 退職から14日以内が目安 |
| 法人の社会保険 | 法人を設立した人 | 設立後すみやかに(原則義務) |
いちばん重要なのは、任意継続の20日という期限です。これは非常に短く、しかも過ぎたら原則として認められません。退職してから調べ始めると、間に合わないことがあります。
個人事業主の場合:任意継続か、国民健康保険か
個人事業主として独立するなら、この二択です。どちらが得かは、人によって逆転します。
任意継続とは
任意継続とは、退職前に入っていた会社の健康保険を、退職後も最大2年間そのまま継続できる制度のことです。条件は2つあります。
- 退職日までに、継続して2ヶ月以上その健康保険の被保険者だったこと
- 資格喪失日(退職日の翌日)から20日以内に申請すること
最大の注意点は、保険料です。会社員時代は保険料を会社と折半していましたが、任意継続では全額が自己負担になります。つまり、単純にいえば負担が倍になります。
ただし、上限があります。保険料の計算に使う標準報酬月額は、退職時の額か、その健康保険の平均額のうち低いほうが使われます。だから、給与が高かった人ほど、上限で頭打ちになって有利になります。
国民健康保険とは
国民健康保険は、市区町村が運営する制度です。会社の健康保険に入っていない人が対象になります。手続きは住んでいる自治体の窓口で行います。
保険料は、前年の所得をもとに計算されます。ここが重要です。独立1年目は、前年が会社員として稼いでいた年になるため、収入が減っているのに保険料は高い、という状態が起きます。
どちらを選ぶかの判断軸
| 任意継続 | 国民健康保険 | |
|---|---|---|
| 保険料の決まり方 | 退職時の標準報酬(上限あり) | 前年の所得 |
| 期間 | 最大2年 | 制限なし |
| 扶養家族 | 人数が増えても保険料は変わらない | 家族の人数分だけ増える |
| 独立1年目 | 読みやすい | 前年所得が高いと割高になる |
| 2年目以降 | 変わらない | 所得が下がれば安くなる |
いちばん差が出るのは、扶養家族の有無です。任意継続は、配偶者や子どもが何人いても保険料は変わりません。一方、国民健康保険は加入者の人数分だけ増えます。家族がいる人は、任意継続が有利になりやすいと覚えておくといいです。
逆に、独身で、独立後に所得が大きく下がる見込みなら、国民健康保険のほうが安くなることがあります。
判断に必要なのは、実際の金額です。任意継続の保険料は加入していた健保に、国民健康保険の保険料は市区町村の窓口に聞けば、具体的な数字を教えてもらえます。両方聞いてから決めるのが確実です。20日という期限があるので、退職前に問い合わせておくのが理想です。
法人の場合:一人社長でも、社会保険は原則義務
ここが、個人事業主との決定的な違いです。法人を設立すると、社長が自分ひとりであっても、健康保険と厚生年金に加入する義務があります。
個人事業主の場合、従業員が常時5人未満なら加入は原則任意です(業種による例外はあります)。ところが法人は、規模に関係なく適用事業所になります。ここを知らずに法人化して、社会保険料の負担に驚く人がいます。
法人の社会保険は、負担が重い
正直に書きます。法人の社会保険は、会社と個人で折半しますが、一人社長の場合は結局どちらも自分が払います。会社負担分も、自分の会社が出すお金です。実質的には全額を負担していることになります。
そのかわり、得られるものもあります。
- 厚生年金に入れる:将来の年金額が、国民年金だけの場合より増えます
- 会社負担分は経費になる:法人の損金として処理できます
- 傷病手当金がある:病気で働けないときの保障が、国民健康保険にはありません
この3つ目は見落とされがちですが、一人で働く人にとっては大きいと思います。国民健康保険には傷病手当金の制度がありません。倒れたら収入がゼロになる立場では、意味のある違いです。
役員報酬をゼロにした場合
ひとつ、知っておくべき例外があります。役員報酬を0円にしている一人社長は、社会保険の被保険者になれません。給与がないので、保険料の計算ができないためです。
この場合は、国民健康保険と国民年金に加入することになります。ただし、負担がなくなるわけではありません。払う先が変わるだけです。設立直後で報酬を出せない時期は、この形になることがあります。
結局、どう選べばいいのか
整理すると、判断はこうなります。
- 個人事業主でいく、家族を扶養している → 任意継続が有利になりやすい
- 個人事業主でいく、独身で所得が下がる見込み → 国民健康保険を試算する価値あり
- 法人を設立する → 社会保険に加入(選択の余地は基本的にない)
- まず個人事業主で始めて、後から法人化する → 任意継続でつないで、法人化時に切り替える
4つ目は、実務としてよくある形です。任意継続は最大2年なので、その期間内に法人化の判断をする、という進め方ができます。法人化のタイミングを税理士と相談しながら決める人が多いです。
個人事業主と法人のどちらで始めるかについては、独立・開業前にやることリストにも書きました。設立の実務は一人で合同会社を設立した話にまとめています。
手続きの順番と、期限
期限が短いものから並べます。この順番で動けば、取りこぼしません。
- 退職前:健保組合と市区町村の両方に、保険料の見込み額を問い合わせる
- 退職後14日以内:国民健康保険にするなら、市区町村で手続き(国民年金の切り替えも同時に)
- 退職後20日以内:任意継続にするなら、加入していた健保へ申請
- 法人設立後:年金事務所へ社会保険の新規適用手続き
あわせて、iDeCoに入っている人はそちらの区分変更も必要です。年金の手続きとは別物なので、忘れやすい部分です。詳しくは独立するとき、iDeCoはどうすればいいのかに書きました。
ぼくが焦った話
最後に、実感を書いておきます。ぼくがいちばん焦ったのは、保険証が手元にない期間ができることでした。
退職して会社の保険証を返すと、次の保険証が届くまでに時間があきます。その間に病院に行くとどうなるのか、当時は分かりませんでした。実際には、切り替えの手続きさえしていれば、後から精算できます。いったん全額を払って、あとで払い戻しを受ける形です。
ただ、これを知らないと不安になります。制度の問題ではなく、単に情報が届いていないだけでした。独立準備の情報は、事業の作り方ばかりが出てきて、こういう生活側の手続きは意外と語られません。
そして、いま振り返って思うのは、ここは自分で調べるより、聞いたほうが早いということです。健保組合も市区町村の窓口も、聞けば具体的な金額を教えてくれます。税務や社会保険をまとめて相談したいなら、税理士に聞くのも手です。選び方はいい税理士とは何かの記事に書きました。
よくある質問
独立したら保険証はどうなりますか
退職時に会社へ返却します。その後は、任意継続、国民健康保険、法人を設立した場合は社会保険のいずれかに自分で加入します。切り替えの手続きをしていれば、保険証が届く前に受診しても、後から精算できます。
任意継続と国民健康保険、どちらが得ですか
人によって逆転します。扶養家族がいる場合は、人数が増えても保険料が変わらない任意継続が有利になりやすいです。独身で独立後に所得が大きく下がる見込みなら、前年所得で決まる国民健康保険が安くなることもあります。両方に問い合わせて実額で比較してください。
任意継続の期限はいつまでですか
資格喪失日(退職日の翌日)から20日以内です。非常に短く、過ぎると原則として認められません。加えて、退職日まで継続して2ヶ月以上その健康保険に加入していた必要があります。加入できる期間は最大2年です。
一人社長でも社会保険に加入する義務はありますか
あります。法人は規模に関係なく適用事業所となるため、社長ひとりの会社でも健康保険と厚生年金への加入が原則として義務です。ただし役員報酬を0円にしている場合は被保険者になれないため、国民健康保険と国民年金に加入することになります。
個人事業主と法人で、保険はどう違いますか
個人事業主は従業員が常時5人未満であれば加入は原則任意で、任意継続か国民健康保険を選びます。法人は原則として社会保険が義務です。法人の社会保険は負担が重い一方、厚生年金に入れること、会社負担分が経費になること、傷病手当金があることが利点になります。
まとめ
独立後の保険で押さえるべきは、3つです。
1つ目、任意継続の期限は20日。ここを逃すと選択肢がひとつ消えます。退職前に問い合わせておくのが理想です。
2つ目、扶養家族がいるなら任意継続が有利になりやすい。人数が増えても保険料が変わらないためです。
3つ目、法人にすると社会保険は原則義務。一人社長でも例外ではありません。負担は重いですが、傷病手当金という保障がつきます。
制度が複雑に見えるのは、自分がどの立場になるかで、見るべき場所が変わるからです。まず個人事業主か法人かを決めれば、道は自然に絞られます。