一人法人の役員報酬は、「生活に必要な手取り」から逆算して決めます。順番は4つです。暮らしに要る手取りを出す、来期の利益見込みで上限をかける、社会保険料で調整する、会社に残す現金を確保する。そして決めた額は、事業年度が始まってから3か月以内に確定させ、その後1年間は変えないのが原則です。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年働き、40歳でtiny合同会社を作りました。社員はぼく一人です。会社員のころ、給与は「もらうもの」でした。独立すると、それが「自分で決めるもの」に変わります。しかも一度決めると簡単には変えられません。この記事では、一人法人の役員報酬をどう決めるかを、順番と判断基準に分けて整理します(税額の計算は個別の事情で変わるので、最終的な判断は税理士に確認してください)。
役員報酬とは、会社が役員に払う給与のこと
役員報酬とは、会社が社長などの役員に毎月払う給与です。一人法人では、社長である自分が、会社から自分へ払う給与になります。
会社員の給与と違うのは、金額を自分で決められる代わりに、税金のルールで縛りがかかっている点です。役員報酬を会社の経費(損金)にできるのは、主に次の3つの形に限られます(出典:国税庁 No.5211 役員に対する給与)。
| 形 | 中身 | 一人法人での使いどころ |
|---|---|---|
| 定期同額給与 | 毎月同じ額を払う | 基本はこれ。役員報酬の大半がこの形 |
| 事前確定届出給与 | 支給日と金額を事前に税務署へ届け出て払う | 役員賞与を出したいとき |
| 業績連動給与 | 利益などの指標に連動して払う | 同族会社は原則使えないので、一人法人には実質関係ない |
つまり一人法人では、毎月同じ額を払う定期同額給与が基本になります。会社の利益が出たからといって、期の途中で報酬を上げると、上げた分は経費として認められません。
それぞれの要件は、定期同額給与とはと事前確定届出給与とはで詳しく整理しています。
決めるタイミングは、事業年度が始まってから3か月以内
定期同額給与の額を変えられるのは、原則として事業年度が始まってから3か月以内です。3月決算の会社なら、4月1日から6月30日までに決めて、その額を1年間払い続けます。
3か月を過ぎてから変えられるのは、役員の地位や職務内容が大きく変わったときか、業績が著しく悪化して減額せざるを得ないときに限られます。業績がいいから増やす、という変更はできません。変えられる場面と議事録の書き方は役員報酬の変更タイミングに、報酬額ごとの社会保険料は役員報酬と社会保険料の計算にまとめました。
株式会社なら株主総会で、合同会社なら定款の定めに従って社員の同意で決め、議事録や同意書として書面に残しておきます。一人法人だと形式的に感じますが、税務調査で役員報酬の決め方を確認されたときに、この書面が根拠になります。
順番1:暮らしに要る手取りから出す
役員報酬を決めるとき、最初に考えるのは会社の利益ではなく、自分の生活費です。家賃、食費、保険、教育費、貯金。1か月に手元に残したい額を、まず出します。
ここで出すのは手取りの額です。役員報酬からは、所得税、住民税、社会保険料が引かれます。手取りは、額面のおよそ7割から8割と見ておくと大きく外しません。月30万円の手取りが欲しいなら、額面は月40万円前後が目安になります。
生活費から出す理由は、役員報酬が1年間変えられないからです。会社の利益に合わせて高めに設定すると、売上が落ちた年に会社のお金が先に尽きます。逆に低すぎると、生活費が足りなくなって、会社から個人へお金を移す別の手当てが必要になります。どちらも、あとから直すのが難しい失敗です。
順番2:来期の利益見込みで上限をかける
次に、来期の会社の売上と経費を見積もります。役員報酬は会社にとって経費なので、利益見込みを超える報酬は払えません。
一人法人の売上は、少数の取引先に偏りがちです。大きな案件が1本なくなるだけで、売上が半分になることもあります。だから見積もりは楽観的な数字ではなく、確実に入る見込みの数字で出します。
独立して最初に痛感したのは、売上より先に、手元の現金がどれだけ残るかが生命線になることでした。役員報酬は毎月確実に出ていくお金です。確実に入る売上で、確実に出ていく報酬をまかなえるか。上限は、そこで決めます。
順番3:社会保険料で調整する
役員報酬を払うと、一人法人でも健康保険と厚生年金への加入が義務になります。保険料は会社と本人で折半ですが、一人法人ではどちらも結局は自分のお金です。会社負担と本人負担を合わせると、報酬のおよそ3割が社会保険料として出ていきます。
社会保険料には、報酬が上がるほど増える一方で、保障も厚くなる両面があります。厚生年金は将来の年金額に反映されますし、健康保険には病気やケガで働けないときの傷病手当金があります。国民健康保険にはない保障です。一人法人で自分が倒れたら売上が止まるので、この保障には意味があります。
ぼく自身、法人化して大変だったと感じたのは、社会保険の手続きと毎月の支払いでした。会社員時代は、会社が半分出していることを意識していませんでした。報酬を決めるときは、手取りだけでなく、会社から出ていく社会保険料の総額で見ておきます。
なお、役員報酬を0円にすると、社会保険には加入できず、国民健康保険と国民年金に入ることになります。立ち上げ直後で売上が読めない時期に、この選択をする人もいます。保険の扱いの違いは独立したら保険証はどうなるのかにまとめています。
順番4:会社に残す現金を確保する
最後に、会社に残すお金を決めます。役員報酬を払ったあとに会社に残った利益には、法人税がかかります。利益が小さいうちは、法人の税率のほうが個人の所得税より低めに済むことが多いので、全部を報酬で取り出すより、一部を会社に残すほうが有利になる場面があります。
ただ、会社に残す理由は税金だけではありません。一人法人には、入金が遅れたり、案件が途切れたりする時期が必ず来ます。そのときに役員報酬を払い続けられるだけの現金が、会社にあるかどうか。ぼくは、報酬の数か月分は会社に残しておくほうが安心だと思います。
報酬を高くすれば、個人の手取りは増えますが、会社の体力は減ります。報酬を低くすれば、会社は強くなりますが、生活が苦しくなります。役員報酬は、自分と会社のあいだで、お金をどう分けるかの判断です。
役員報酬の決め方は、会社員時代の「年収を上げる」と逆になる
会社員のころは、給与は高いほどいいものでした。年収を上げることが、キャリアの目標の一つでした。
独立して役員報酬を自分で決めるようになると、考え方が逆になります。報酬を上げると、所得税と社会保険料が増え、会社に残るお金が減る。報酬を上げることが、必ずしも得にならない。いくら欲しいかではなく、いくらあれば暮らせるかから考える。この切り替えが、一人法人の役員報酬でいちばん大事なところだと思います。
設立直後の手続きや、法人にする意味そのものは一人で法人を作るということに、税理士の選び方はいい税理士とは何かに書いています。役員報酬は税理士と相談して決める人が多いので、相談相手を先に決めておくと、期首の3か月を慌てずに過ごせます。
よくある質問
一人法人の役員報酬は、いくらにするのが一般的ですか?
決まった相場はありません。生活に必要な手取りから額面を逆算し、来期の利益見込みと社会保険料、会社に残す現金とのバランスで決めます。売上が安定しない立ち上げ期は低めに設定し、2期目以降に見直す人が多いです。
期の途中で役員報酬を変えたら、どうなりますか?
事業年度が始まってから3か月を過ぎて増額すると、増やした分は会社の経費(損金)として認められません。地位や職務内容の大きな変更、業績の著しい悪化による減額など、例外にあたる場合を除いて、期の途中では変えないのが原則です。
役員報酬を0円にしてもいいですか?
できます。0円にすると、会社の社会保険には加入できないため、国民健康保険と国民年金に入ることになります。立ち上げ直後で売上が読めない時期に選ぶ人もいますが、生活費を会社からどう受け取るかは別に考える必要があります。
役員にボーナスは出せますか?
事前確定届出給与として、支給日と金額を事前に税務署へ届け出れば、経費として認められます。届出の期限は、原則として「決議をした日と職務の執行を開始する日のうち早いほうから1か月を経過する日」と「事業年度が始まってから4か月を経過する日」のうち早いほうです。設立したばかりの会社が、設立の時に始まる職務について定める場合は、設立の日以後2か月を経過する日が期限になります(出典:国税庁「事前確定届出給与に関する届出」・同届出書の記載要領)。期限の数え方と記載例は事前確定届出給与とはにまとめました。届け出た通りに払わないと経費にならないので、確実に払える額で届け出ます。
まとめ:役員報酬は、いくら欲しいかではなく、いくらあれば暮らせるかで決める
一人法人の役員報酬は、4つの順番で決めます。暮らしに要る手取りを出す、来期の利益見込みで上限をかける、社会保険料で調整する、会社に残す現金を確保する。決めた額は、事業年度が始まってから3か月以内に確定させ、書面に残します。
今日やることは1つだけです。自分の会社の事業年度がいつ始まるかを確認して、その3か月後の日付をカレンダーに入れておく。その日までが、来期の報酬を決められる期限です。
(この記事は2026年10月時点の制度にもとづいています。税額や社会保険料の計算は、個別の事情で変わります。最終的な判断は、税理士などの専門家に確認してください)