最終更新:2026年10月12日
カスタマージャーニーとは、生活者が商品やサービスを知り、比べ、買い、使い、また選ぶ(あるいは離れる)までの道のりのことです。その道のりを段階ごとに「行動・思考・感情・接点」の列で一枚の表にしたものを、カスタマージャーニーマップと呼びます。結論を先に書くと、カスタマージャーニーマップは理想の旅程表として描くものではありません。生活者がどの段でつまずいているかを見つけるための地図です。マップの列の一覧と作り方の手順、ペルソナや購買行動モデルとの違い、「意味ない」と言われる理由まで、広告の現場とBtoBマーケ、自分で小さく売る側の三つを経験してきた視点からまとめました。
カスタマージャーニーとは?マップの列(項目)の一覧
カスタマージャーニーマップとは、生活者の道のりを横軸に「段階」、縦軸に「行動・思考・感情・接点・つまずき」を並べて可視化した表です。決まった書式はありませんが、実務で使われる列はおおむね次の6つに集約できます。
例として、個人事業主が会計ソフトを選ぶ場面を架空で置いてみました。中身はすべて説明のための仮のものです。
| 列(項目) | 何を書くか | 例(架空・「比較」の段) |
|---|---|---|
| 段階 | 生活者の道のりの区切り。認知・興味・比較・購入・利用・継続など | 比較 |
| 行動 | その段で実際にしていること | 料金ページを3社分開き、レビュー記事を検索する |
| 思考 | 頭の中で考えていること・つぶやき | 「確定申告に間に合うなら、どれでもいいのに」 |
| 感情 | 気持ちの浮き沈み。上がる・下がるを線で描くことが多い | 料金体系が読み解けず、面倒になって下がる |
| 接点(タッチポイント) | その段で触れるもの・人・場所 | 料金ページ、比較記事、知人の一言 |
| つまずき・機会 | 止まる理由と、そこで打てる手 | プランの違いが一目で分からない→比較表を1枚にする |
この表のなかで、ぼくがいちばん大事だと思っている列は「感情」です。行動は数字やログでもある程度追えますが、感情の線は生活者に聞くか、観察しないと描けません。そして生活者が離れていくのは、たいてい感情の線が谷になったところです。不安になった、面倒になった、思っていたのと違った。この谷の位置が、マップを描く意味のほとんどを占めています。
カスタマージャーニーとカスタマージャーニーマップは、言葉としては別物です。ジャーニーは生活者の道のりそのもの、マップはそれを社内で共有するために描いた表。道のりは描かなくても存在しますが、描かないと、どこで人が減っているのかを社内で同じ絵として話せません。
カスタマージャーニーの出どころ──提唱者ははっきりしない
カスタマージャーニーという言葉には、「この人がこの本で提唱した」と言い切れる一次出典が見当たりません。サービスの設計、顧客体験の研究、広告の購買プロセスの議論といった複数の流れが合流して、2000年代以降に実務の言葉として定着したものです。
源流の一つとしてよく挙げられるのが、サービスの流れを図にする「サービスブループリント」です。リン・ショスタック(G. Lynn Shostack)が1984年にハーバード・ビジネス・レビューの論文で示した手法で、顧客から見える行動と、裏側の業務を一枚の図に並べます。マーケティング研究者のキャサリン・レモン(Katherine N. Lemon)とピーター・フェルフーフ(Peter C. Verhoef)は、2016年の論文「Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey」(Journal of Marketing)で、このブループリントを顧客の道のりを描く初期の試みと位置づけています。同じ論文は、顧客体験を「購入前・購入・購入後」の3段階で捉える整理も示しています。
もう一つの流れが、広告やブランドの側から見た「購買の道のり」の議論です。マッキンゼーは2009年の論文「The consumer decision journey」(McKinsey Quarterly)で、生活者の購買を一直線の漏斗ではなく、検討・評価・購入・購入後の体験がぐるりと輪になる流れとして描きました。購入後の体験が次の検討の入口になる、という見方です。
マップの描き方を体系的にまとめた本としては、ジェームズ・カルバック(James Kalbach)の「マッピングエクスペリエンス」(オライリー・ジャパン、2018年)が日本語で読めます。カスタマージャーニーだけでなく、サービスブループリントなどの図の種類と使い分けまで扱った一冊です。誰が最初に「カスタマージャーニーマップ」と呼んだのかまでは、ぼくが確認した範囲では特定できませんでした。だからこの記事でも、特定の人物を提唱者として断定することはしません。
購買行動モデル・パーセプションフロー・ペルソナとの違い
カスタマージャーニーは、AIDMAやAISASのような購買行動モデルとは異なり、決まった段階の型を持ちません。購買行動モデルが「生活者一般の段階の型」なのに対して、ジャーニーは「この商品の、この生活者の道のり」を個別に描くものです。段階ごとに人数が減っていく様子を数で見るパーチェスファネルとも違い、ジャーニーは一人の道のりの中身を描きます。
| 概念 | 何を描くか | 段階の決まり方 | 主な使いどころ |
|---|---|---|---|
| カスタマージャーニーマップ | 特定の生活者の行動・思考・感情・接点 | 商品ごとに自分たちで決める | つまずく段と感情の谷を見つける |
| 購買行動モデル(AIDMA・AISASなど) | 生活者一般の心理や行動の段階 | 型として決まっている | 広告やコミュニケーションの役割分担 |
| パーセプションフロー・モデル | 生活者の認識がどう変わっていくか | 認識の変化で区切る | 施策とKPIを一本の流れでつなぐ |
| ペルソナ | 旅をする人物そのもの | 段階は持たない | マップの主語を一人に決める |
購買行動モデルの変遷はAISASとは?AIDMA・ULSSASとの違いと購買行動モデルの変遷一覧にまとめました。型は便利ですが、型に自社の商品を流し込むと、生活者が実際には通らない段を描いてしまうことがあります。ジャーニーを描くときは、型を下書きに使ったうえで、自社の生活者が本当に通る段に描き直すのが順番です。
行動ではなく認識の変化を軸に全体を組むのが、パーセプションフロー・モデルです。ぼくの感覚では、つまずきの発見にジャーニー、打ち手の設計にパーセプションフロー、と分けると両方が生きます。
ペルソナはマップの主語にあたります。主語が「30代の働く女性」のような平均の像だと、行動も感情も誰のものでもない、ぼんやりした線になります。顧客を物語の主役として配役する考え方はペルソナキャスティングとはで書いていますが、マップを描く前に「誰の旅か」を一人に絞ることが、地図の解像度を決めます。
カスタマージャーニーマップの作り方──つまずく段を探す5つの手順
カスタマージャーニーマップは、「どの段でつまずいているか」を見つける目的から逆算して作ると、作って終わりになりません。ぼくが実務で使ってきた順番は次の5つです。
| 手順 | やること | 失敗しやすい点 |
|---|---|---|
| 1. 主語を一人に決める | 誰の旅かを、状況まで含めて一人に絞る | 年代と性別だけの平均像で始める |
| 2. 段階を区切る | その商品で生活者が実際に通る段を並べる | AIDMAなどの型をそのまま当てはめる |
| 3. 事実で埋める | アクセス解析、問い合わせ、レビュー、インタビューで行動と思考を書く | 会議室の想像だけで埋める |
| 4. 感情の谷に印をつける | 不満・不安・面倒が出る段を探し、離脱の数字と照らし合わせる | 全段を同じ濃さで描き、谷が見えなくなる |
| 5. 一番深い谷から直す | 打ち手を一つの段に絞り、直したら描き直す | 全段に施策を並べて、どれも中途半端になる |
いちばん崩れやすいのは手順3です。社内の人だけで集まってマップを描くと、行動の列は「広告を見る→サイトを訪れる→購入する」のように、売り手が通ってほしい道筋で埋まっていきます。でも生活者の実際の道のりは、もっと寄り道だらけです。比較記事を読み、知人に聞き、一度忘れて、別のきっかけで戻ってくる。事実で埋めないマップは、生活者の地図ではなく、売り手の願望の地図になります。「接点」の列に何を書き出すかは、タッチポイントの種類の一覧が下書きになります。
広告会社にいた頃、企画の議論はどうしても「知ってもらう」段に集中しがちでした。広告の予算と人が集まるのはそこだからです。でも売れない理由は、知られていないことより、知ったあとの比較の段や、買う直前の不安の段にあることも少なくありません。マップを一枚広げると、議論の重心が自然と谷のほうへ移ります。
アクセンチュアでBtoBのマーケティングに関わったときは、別の難しさがありました。法人の購買では、情報を集める担当者、比べて稟議を書く人、最後に決める人が別々にいます。ジャーニーは一人の旅ではなく、何人もの旅が途中で合流する形になります。このとき主語を一人に絞りすぎると、決裁の段のつまずきが描けません。BtoBでは段ごとに主語を書き分けるのが、ぼくの知るかぎり現実的なやり方です。
独立してから、月額のサービスやnoteの有料記事を自分で運営するようになり、購入のあとの段の重さも身にしみました。買った直後の最初の体験、使い方に迷う瞬間、やめるかどうか考える瞬間。購入後の段は売り手の目が届きにくいのに、次に選ばれるかどうかはそこで決まります。2回目の購入に進むかどうかを測る指標は、F2転換率とは?計算方法と平均・目安の考え方で書きました。
2026年時点の注意点──「意味ない」「古い」と言われる理由
カスタマージャーニーマップが「意味ない」と言われる理由の大半は、手法そのものではなく、作ること自体が目的になる使い方にあります。立派なマップを作って壁に貼り、誰もそれを見て判断を変えない。それなら、確かに意味はありません。
「古い」という声には、二つの論点があると思います。一つは、道のりが一直線ではなくなったことです。マッキンゼーが2009年に輪の形で描いた時点で、すでに一直線の漏斗への疑問は出ていました。いまはSNSで見かけてその場で買う人もいれば、何か月も比べ続ける人もいます。段階を左から右に一本で並べるマップは、この行ったり来たりを描きにくい。だから最近のマップは、段を厳密に並べるより、「どの段で止まり、どの段に戻ってくるか」を描く方向に変わってきていると感じます。
もう一つは、比較の段そのものが変わってきたことです。生活者が検索結果を一つずつ開くかわりに、AIの回答で候補を絞るようになると、比較の段で触れる接点は売り手から見えにくくなります。料金ページやレビュー記事を読まれる前に、選択肢から外れているかもしれない。これは、マップが古くなったというより、描く対象の段が見えにくくなったという話です。見えにくい段ほど、生活者に直接聞くインタビューの価値が上がります。
日本の現場で気をつけたいのは、マップが部署ごとの持ち場の地図になってしまうことです。広告は宣伝部、サイトはデジタル担当、購入後はカスタマーサポートと分かれていると、段の境目で誰の持ち場でもないつまずきが生まれます。マップを一枚にする意味は、その境目を全員の目に見える場所に出すことにあります。
カスタマージャーニーに関するよくある質問
カスタマージャーニーは英語で何と言いますか?
英語でもcustomer journeyで、マップはcustomer journey mapと呼ばれます。研究の世界では、顧客体験(customer experience)の議論のなかで扱われることが多い言葉です。マッキンゼーの2009年の論文のように、consumer decision journeyという言い方が使われることもあります。
カスタマージャーニーマップにペルソナは必要ですか?
必要です。マップは「誰の旅か」が決まらないと、行動も感情も平均的でぼんやりした線になってしまいます。ただし、細かすぎるペルソナを作り込む必要はなく、その商品を使う状況と、そのとき困っていることが一人分見えていれば足ります。BtoBのように購買に何人も関わる場合は、段ごとに主語を書き分けます。
カスタマージャーニーマップのテンプレートはありますか?
決まった公式のテンプレートはありません。横軸に段階、縦軸に行動・思考・感情・接点・つまずきの5〜6列を置く形が、実務でよく使われる骨組みです。テンプレートの見た目より、感情の谷とつまずきの列が事実で埋まっているかどうかのほうが、マップの価値を左右します。
ユーザーストーリーマップとの違いは何ですか?
使う場面と主語が違います。ユーザーストーリーマップは、主にソフトウェア開発で、利用者がしたいことを並べて「どの機能から作るか」を決めるための図です。カスタマージャーニーマップは、商品を知る前から使い終わるまでの体験全体を描き、生活者がどこでつまずくかを見つけるための図です。
おわりに──旅程表ではなく、つまずきの地図
カスタマージャーニーマップを描くとき、つい生活者が気持ちよく進んでいく理想の旅を描きたくなります。売り手としては、そのほうが安心できるからです。でも、その旅程表をいくら眺めても、何を直せばいいかは見えてきません。
地図が役に立つのは、道に迷ったときです。どこで不安になり、どこで面倒になり、どこで黙って引き返したのか。その谷の場所に印がついたマップだけが、明日の打ち手を一つに絞らせてくれます。
売れないのではない。どこでつまずいているかを、見ていないだけ。カスタマージャーニーとは、生活者の旅を描くことではなく、生活者がつまずく場所を探すことだと、ぼくは思っています。マップの描き方で迷ったら、ぼくのXアカウント(@yosooi3)に問いかけてもらえれば、できる範囲で答えようと思います。