結論から書きます。ターゲティングは、顧客を「狙う対象」として見る発想でした。これからは、顧客を「物語の主役」として配役する発想に変わります。これをペルソナキャスティングと呼びます。狙われると人は身構えますが、主役に据えられると人は動きます。この差が、これからのマーケティングを分けます。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、生活者の行動を見てきました。広告の世界にいた人間として言うと、ターゲティングという言葉には、もともと「的(まと)」という発想が埋め込まれています。誰かを的にして、メッセージを撃ち込む。長くこれが正解でした。でも、その正解が効かなくなってきています。理由から書きます。
ペルソナキャスティングとは何か
ペルソナキャスティングとは、顧客をメッセージの受け手ではなく、ブランドが描く物語の登場人物として配役する考え方です。キャスティングという言葉のとおり、演劇や映画で役者に役を割り振るように、顧客に「あなたはこの物語の主役です」という立ち位置を用意します。
ターゲティングが「どんな人に、何を、どう伝えるか」を設計するものだとすれば、ペルソナキャスティングは「この人が主役になれる舞台を、どう用意するか」を設計するものです。売り込む相手ではなく、一緒に物語を作る仲間として顧客を扱う。ここが根本的な違いです。
なぜ、ターゲティングは効かなくなったのか
ターゲティングが万能でなくなった理由は、三つあります。
ひとつめは、人が受け身でなくなったことです。SNSが当たり前になり、生活者は情報を受け取るだけの存在ではなくなりました。自分で調べ、自分で選び、自分で発信する。撃ち込まれるメッセージより、自分で見つけた情報のほうを信じます。的として狙われていると気づいた瞬間、人は身構えます。
ふたつめは、精密なパーソナライズが、監視のように感じられるようになったことです。行動履歴から広告を出し分ける技術は進みました。ただ、あまりに的確だと、人は追いかけられている気味悪さを覚えます。便利さと不気味さは紙一重で、この線を越えると逆効果になります。
みっつめは、人が「情報」より「体験」を求めるようになったことです。何を言われたかより、そこで何を感じたか。説明されるより、参加したい。この変化に、撃ち込み型のコミュニケーションは合いません。
この三つが重なって、狙い撃つ発想そのものが、時代とずれ始めています。人が何に動かされるかの変化は、推し活経済の記事とも地続きです。
事例1:ナイキ──消費者を、そのままヒーローにする
ナイキの「You Can’t Stop Us」は、ペルソナキャスティングの教科書のような広告です。プロのアスリートだけでなく、市井のスポーツを楽しむ人たちを、同じ画面の中でヒーローとして描きました。
この広告が巧みなのは、見ている人が「これは自分の物語でもある」と感じられるように作られている点です。スポーツをする人なら誰もが主役になれる、というメッセージが、映像の構造そのものに埋め込まれています。ナイキは商品を売り込むのではなく、見る人に「あなたも止められない一人だ」という役を配っています。これがキャスティングです。
事例2:ゴープロ──ユーザーの映像が、ブランドそのものになる
ゴープロは、ペルソナキャスティングを商品の構造で実現している例です。ゴープロの広告の多くは、ユーザー自身が撮影した映像でできています。ユーザーが自ら作る投稿、いわゆるUGC(ユーザー生成コンテンツ)を、ブランドの中心に据えているのです。
この動画も、犬にゴープロを装着して撮られた、ユーザー発の映像でできています。ゴープロは「あなたの冒険を撮ってください」と役を渡し、ユーザーがその役を演じた結果が、そのまま広告になります。ブランドが主役を演じるのではなく、ユーザーが主役を演じる。企業は、その舞台と道具を用意する側に回っています。売り手と主役が入れ替わっている、と言ってもいい。
事例3:スターバックス──店を、顧客が物語を紡ぐ舞台にする
スターバックスの「サードプレイス」という考え方も、ペルソナキャスティングの一種です。家でも職場でもない第三の居場所として、店を顧客の生活の舞台に位置づけました。
スターバックスが売っているのは、厳密にはコーヒーだけではありません。そこで過ごす時間と、その時間の中にいる自分、という体験を売っています。顧客は、店で本を読み、仕事をし、人と会う。その一つひとつが、顧客自身の物語になります。店は舞台で、顧客が主役です。ブランドは、その舞台を整えることに徹しています。
ペルソナキャスティングを、自分の仕事に落とすには
三つの事例に共通する構造を、実務に使える形に分解します。ポイントは三つです。
ひとつめは、ブランドの物語を、顧客の視点から組み直すことです。「わが社は何を提供するか」ではなく、「顧客はこの物語で、どんな主役になれるか」から考えます。主語を、企業から顧客に移す。これだけで、伝え方がまるで変わります。
ふたつめは、伝えるより、体験させることです。言葉で説明するより、顧客が自分で動ける場面を用意するほうが、深く届きます。参加した記憶は、聞いた情報より長く残ります。
みっつめは、顧客が語りたくなる余白を残すことです。すべてを作り込むと、顧客は演じる隙がなくなります。ユーザーが自分の物語を差し込める余地を残しておくと、その語りが自然に広がっていきます。ファンが自ら語り始める構造については、乃木坂46のマーケティングを解剖した記事にも書きました。
よくある質問
ペルソナキャスティングとターゲティングは何が違いますか
ターゲティングは、顧客を狙い撃つ対象として捉え、適切なメッセージを届ける手法です。ペルソナキャスティングは、顧客をブランドの物語の主役として配役し、一緒に物語を作る手法です。狙う相手として扱うか、主役として扱うかが根本的な違いで、後者のほうが人は自発的に動きやすくなります。
なぜ従来のターゲティングは効きにくくなったのですか
三つの理由があります。SNSの普及で生活者が受け身でなくなったこと、精密なパーソナライズが監視のように感じられるようになったこと、そして人が情報より体験を求めるようになったことです。撃ち込み型のコミュニケーションが、これらの変化と合わなくなっています。
ペルソナキャスティングは、中小企業でも実践できますか
できます。大きな広告予算は必須ではありません。顧客が主役になれる場面を用意し、その体験を語りたくなる余白を残す、という考え方は規模を問いません。むしろ、顧客との距離が近い小さな事業のほうが、一人ひとりを主役として扱いやすい面もあります。
UGCとペルソナキャスティングはどう関係しますか
UGCは、ペルソナキャスティングが機能したときに生まれる結果です。顧客を主役として配役し、語りたくなる余白を残すと、顧客が自ら投稿を作り始めます。ゴープロのように、そのユーザー投稿がそのままブランドの発信になる状態が、ペルソナキャスティングの理想形の一つです。
まとめ
ターゲティングは、顧客を的として狙う発想でした。ペルソナキャスティングは、顧客を主役として舞台に上げる発想です。狙われると人は身構えますが、主役にされると人は動き、そして語り始めます。
ナイキは見る人をヒーローにし、ゴープロはユーザーの映像をブランドにし、スターバックスは店を顧客の舞台にしました。共通しているのは、ブランドが主役の座を譲っているという一点です。語るのは企業ではなく、顧客のほう。マーケティングは、売ることから、物語をともに作ることへ移りつつあります。
人が何に夢中になり、なぜ自ら語り出すのか。その仕組みはファンエコノミーの記事にもまとめています。あわせて読んでもらえたらと思います。