最終更新:2026年10月19日
現金主義と発生主義の違いは、売上と経費を「いつ」帳簿に載せるかにあります。発生主義は納品やサービスの提供が終わった時点で、現金主義はお金が実際に入った・出た時点で計上します。法人と多くの個人事業主は発生主義の考え方で記帳し、前々年の所得が300万円以下の青色申告者だけが、届出をして現金主義を選べます(現金主義による所得計算の特例)。ただし、この特例を選ぶと青色申告特別控除は10万円までになり、65万円・75万円の控除は使えなくなります。
ぼくは40歳でtiny合同会社を一人で設立したマーケターです。この記事では、自分の数字を読む一人法人・個人事業主と、取引先の決算書を読むマーケターの両方に向けて、2つの考え方の違いと現金主義の特例の要件を、国税庁とe-Govで確認できた範囲で整理しました。2026年10月19日時点の制度で書いています。
現金主義と発生主義の違いとは?結論から
発生主義は「稼いだ日」で数え、現金主義は「受け取った日」で数えます。年末や期末をまたぐ取引があるときだけ、2つの数字がずれます。
| 比べる点 | 発生主義 | 現金主義(個人の特例) |
|---|---|---|
| 売上を計上する時点 | 商品を引き渡した日、サービスの提供を終えた日 | 代金が入金された日 |
| 経費を計上する時点 | サービスを受けた日、支払う義務が確定した日 | 代金を支払った日 |
| 期末に残った入金待ち(売掛金) | 当期の売上に入る | 当期の収入に入らない |
| 仕事の前に受け取った着手金(前受金) | 一般的には、仕事を終えるまで売上にしない | 受け取った時点で収入になる |
| パソコンなどの減価償却費 | 使う年数に分けて経費にする | 特例でも同じく減価償却で経費にする |
| 使う人 | 法人と、特例を選ばない個人事業主 | 要件を満たし届出をした青色申告者 |
| 青色申告特別控除 | 要件を満たせば最大65万円(令和9年分から最高75万円) | 10万円まで |
発生主義とセットで出てくる言葉が実現主義です。企業会計原則は、すべての費用と収益を「その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない」とし、売上高は「実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」と定めています(国税庁 税務大学校「収益認識に関する一考察」が引用している文言)。一般的には「費用は発生主義、収益は実現主義」とまとめられ、売上は発生主義のなかでも、販売や提供が終わって確かになった時点まで待つ、と理解しておけば足ります。
税法もこの考え方に近い形です。所得税では、その年の収入は年末までにお金を受け取っていなくても「収入すべき権利の確定した金額」になり、12月20日に売って翌年1月10日に代金を受け取った商品は、売った年の収入になると国税庁は説明しています(国税庁 No.2200 収入金額とその計算)。人的役務の提供による収入は、原則としてその提供を完了した日です(所得税基本通達36-8)。
現金主義による所得計算の特例の要件と出典
現金主義は、個人事業主なら誰でも選べるわけではありません。青色申告者であること、前々年の所得が300万円以下であること、期限までに届出を出すことの3つがそろったときに使える特例です。
| 論点 | 確認できた内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 使える人 | 青色申告者で、前々年分の事業所得と不動産所得の金額(青色事業専従者給与などを差し引く前)の合計が300万円以下の人 | 国税庁 A1-12、所得税法67条1項、所得税法施行令195条 |
| 届出の期限 | 適用を受けようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後に開業した場合は、開業した日から2か月以内)に「現金主義による所得計算の特例を受けることの届出書」を税務署へ。期限が土日祝日なら翌日 | 国税庁 A1-12、所得税法施行令197条 |
| 青色申告の承認申請と同時に出す場合 | 「所得税の青色申告承認申請書、現金主義の所得計算による旨の届出書」を使う | 国税庁 A1-12 |
| やめるとき | やめようとする年の3月15日までに取りやめ届出書を出す。300万円の要件に当てはまらなくなったときは、自動的に通常の計算に戻るので届出は要らない | 国税庁 A1-13 |
| 減価償却費 | 特例でも、減価償却費は支払った年ではなく通常どおり償却して経費にする | 所得税法施行令196条2項 |
| 青色申告特別控除 | 特例を選んでいる人は、55万円・65万円・75万円の控除を受けられない。10万円の控除は受けられる | 国税庁 No.2072、国税庁「75万円の青色申告特別控除」 |
| 消費税 | 現金主義の特例を受ける個人事業者は、消費税の売上と仕入れの時期も入金日・支払日にできる(申告書に付記) | 消費税法18条 |
| 副業の雑所得 | 業務に係る雑所得は、前々年の収入金額が300万円以下なら現金主義で計算できる(青色申告の特例とは別の仕組み) | 国税庁 確定申告書等作成コーナー「現金主義とは」、所得税法67条2項 |
届出に費用はかかりません。現金主義で記帳する人向けには、国税庁が「青色申告の決算の手引き(現金主義用)」を出していて、年末に残っている売掛金や未収入金はその年の収入金額にならないこと、前受金は受け取ったときの収入金額になることが書かれています。
控除の差は、令和9年分(2027年分)から広がります。65万円控除はe-Taxでの提出が必須になり、書面で申告した場合の控除の上限は10万円になります。65万円の要件に加えて、優良な電子帳簿の保存かデジタルシームレス保存の要件を満たすと、最高75万円の控除を受けられます(国税庁「75万円の青色申告特別控除」)。また、簡易な記帳で前々年の事業所得等の収入金額が1,000万円を超える人は、10万円の控除も使えなくなります(国税庁「10万円控除要件が変わります」)。現金主義を選ぶと、令和8年分までは最大65万円と10万円の差、令和9年分からは最大75万円と10万円の差を受け入れることになります。確定申告の全体の流れはフリーランスの確定申告の流れをまとめた記事に書きました。
同じ取引を現金主義と発生主義で比べる(例)
2つの数字の差は、期末に残った「入金待ち」と「支払い待ち」の増減だけで説明できます。架空の一人法人で、1年分の数字を並べてみます。
例:合同会社サンプル企画(架空・社長1人)。事業年度は4月から翌年3月、毎月の広告運用支援の報酬は翌月末に入金、経費の一部はクレジットカード払いで翌月に引き落とし。消費税と減価償却費はない前提で、金額はすべて説明用の架空の数字です。
| 項目 | 発生主義(決算書の数字) | 入金・支払いで数えた場合(通帳の動き) |
|---|---|---|
| 売上 | 900万円 | 880万円(前期3月分の入金60万円+当期分の入金820万円) |
| 経費 | 600万円 | 595万円(前期3月のカード利用分の引き落とし10万円+当期分の支払い585万円) |
| 差し引き | 利益300万円 | 収支285万円 |
| 期末に残るもの | 売掛金80万円(3月分の報酬)、未払金15万円(3月のカード利用分) | なし(まだ動いていないお金は数えない) |
検算します。売掛金は期首60万円から期末80万円へ20万円増え、未払金は期首10万円から期末15万円へ5万円増えました。発生主義の利益300万円から売掛金の増加20万円を引き、未払金の増加5万円を足すと285万円で、右の列と一致します。
この差を生む仕訳は、次の4つです(例)。
| 日付 | 借方 | 貸方 | 何が起きたか |
|---|---|---|---|
| 3月31日 | 売掛金 800,000 | 売上高 800,000 | 3月分の運用支援を終えて請求した |
| 4月30日 | 普通預金 800,000 | 売掛金 800,000 | 3月分の報酬が入金された |
| 3月20日 | 広告宣伝費 150,000 | 未払金 150,000 | 自社の広告費をカードで払った |
| 4月27日 | 未払金 150,000 | 普通預金 150,000 | カード代金が引き落とされた |
法人は左の列で決算書を作ります。右の列は、法人にとっては税金の計算ではなく資金繰りの見え方です。同じ取引を、現金主義の特例を選んだ個人事業主が記帳すると、所得の計算は右の列に近い形になります。
一人法人・マーケターの読みどころ
一人法人は現金主義を選べません。現金主義の特例は所得税法の規定で、法人の収益は原則として引渡しや役務の提供の日の事業年度に計上し(法人税法22条の2)、販売費や一般管理費は、償却費を除いて期末までに債務が確定したものに限られるからです(法人税法22条3項2号)。
だから一人法人の社長は、決算書の利益と通帳の残高を別々に見る必要があります。ぼくは独立2年目に、納品も請求も終えたクライアントからの入金が止まり、資金ショートしかけたことがあります。そのときはファクタリングで請求書を先に現金化してしのぎました(入金が遅れたときのファクタリング体験記)。帳簿の上では売上が立っているのに、口座にはお金がない。発生主義の利益は、払える力を示す数字ではありません。
マーケターにとっては、受注・売上計上・入金の3つの日付がずれることが読みどころです。
| 日付 | 主に見る人 | 会計での扱い |
|---|---|---|
| 受注(契約した日) | 営業・マーケティングのKPI | 一般的には、まだ売上にしない |
| 売上計上(納品・提供を終えた日) | 決算書・損益の数字 | 発生主義の売上 |
| 入金(お金が届いた日) | 資金繰り | 現金主義の収入 |
広告のROIを、受注金額で計算するか、計上された売上で計算するか、入金額で計算するかで、月ごとの数字は変わります。施策の評価は受注か売上計上の日でそろえ、入金は資金繰りで別に追う、と決めておくと読み違えません。分子と分母の決め方はROIの意味と計算式に、指標を親子の式で分ける方法はKPIツリーの作り方に書きました。ツリーの中で「受注」「売上計上」「入金」を別の枝にしておくと、どこで数字が詰まっているかが見えます。
ぼくは会計ソフトの月次の損益を見ながら、翌月の受注を判断しています(freeeとマネーフォワードの比較記事)。月次の数字で判断するときほど、その数字がどの日付で数えたものかを先に確かめる必要があります。取引先の決算書を読むときも同じで、売上に比べて売掛金が大きい会社は、一般的には入金待ちを多く抱えている状態です。決算書の手に入れ方は決算公告の記事にまとめています。
よくある間違いと注意点
いちばん多い間違いは、現金主義を「小さい事業者なら誰でも使える簡単な記帳」と思うことです。実際には青色申告者だけの届出制の特例で、選ぶと控除が10万円までになります。
- 300万円を売上の線だと思う:線は前々年の事業所得と不動産所得の金額(青色事業専従者給与などを差し引く前)の合計で、売上ではありません
- 届出を出さずに入金ベースで記帳する:特例を受けるには、適用を受けたい年の3月15日まで(開業した年は開業から2か月以内)の届出が要ります
- 現金主義なら減価償却は要らないと思う:特例でも減価償却費は通常どおり償却して経費にします(所得税法施行令196条2項)
- 年末の入金待ちを翌年の売上に回す:発生主義で記帳している人が入金の日で売上を数えると、計上漏れになります
- 一人法人も小さいから現金主義でよいと思う:法人には使えません
- 控除の差を見ずに選ぶ:令和9年分からは、最大75万円と10万円の差になります
計上漏れを税務調査で指摘されると、修正申告で税額を直すことになります。所得税では、調査を受けた後の修正申告や更正の場合、新たに納める税金のほかに原則10%の過少申告加算税と延滞税がかかります(国税庁 No.2026 確定申告を間違えたとき)。
この記事は最終更新日時点の制度で書いています。個別の判断(自分の会社がどうするか)は、税理士・司法書士・社労士に確認してください。税理士の選び方はいい税理士の見分け方と探し方にまとめています。
現金主義と発生主義に関するよくある質問
現金主義の特例を選ぶと、65万円控除はどうなりますか?
受けられません。現金主義による所得計算の特例を選んでいる人は、55万円・65万円・75万円の青色申告特別控除を受けられず、10万円の控除だけになります。控除額を優先するなら、発生主義で複式簿記の記帳を続けるほうが有利です。
発生主義と実現主義の違いは何ですか?
発生主義は費用と収益を発生した期間に割り当てる考え方で、実現主義は売上を販売や役務の提供が終わって確かになった時点で計上する考え方です。企業会計原則は売上高を実現主義で計上すると定めていて、一般的には「費用は発生主義、収益は実現主義」とまとめられます。
一人法人でも現金主義を選べますか?
選べません。現金主義の特例は所得税法の規定で、個人の青色申告者だけが対象です。法人の売上は原則として引渡しや役務の提供の日の事業年度に計上し、経費は債務が確定したものを計上します。
前々年の所得300万円以下とは、売上300万円以下のことですか?
いいえ、売上ではなく所得です。前々年分の事業所得と不動産所得の金額を、青色事業専従者給与などを差し引く前の金額で合計し、それが300万円以下かどうかで判定します。売上が300万円を超えていても、経費を引いた所得が300万円以下なら対象になり得ます。
おわりに──発生主義は稼いだ日を、現金主義は受け取った日を数える
2つの違いは、数える日付の違いです。発生主義は稼いだ日を数え、現金主義は受け取った日を数えます。ただ、どちらの帳簿をつけていても、支払いに使えるのは口座に届いたお金だけです。利益は決算書で読み、払える力は入金の日付で読む。一人で会社を回すなら、この2つを別々の目で見ることになります。
今日やることは1つです。自分の会計ソフトで、期末に残っている売掛金の合計を確認してください。その金額が、利益と通帳の残高のずれの正体です。