マーケの目

ミスドのあのカードが忘れられない理由|ゲーミフィケーションの正体

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覚えている人も多いと思います。ミスタードーナツで買い物をすると、300円ごとに1枚もらえたスクラッチカード。爪でこすると3点、5点、10点が出て、集めるとオリジナルの景品と交換できました。2004年に終わったキャンペーンですが、あのカードを、意味もなく集めてしまった記憶が、いまだに残っている人は少なくないはずです。

ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年働き、いまはマーケティングを仕事にしています。仕事のひとつが、ゲームの発想をマーケティングに取り込むことでした。その目で振り返ると、あのスクラッチカードは、ゲーミフィケーションの教科書のような設計でした。なぜあれほど人を掴んだのか、分解してみます。

ゲーミフィケーションとは何か

ゲーミフィケーションとは、ゲームが人を夢中にさせる仕組みを、ゲーム以外の場面に応用することです。ポイントを貯める、レベルが上がる、ランキングで競う、あと少しで達成できる。こうしたゲームの要素を、買い物や学習や仕事に持ち込んで、人が自ら動きたくなる状態を作ります。

大事なのは、これが小手先のおまけではないということです。人の行動を、内側から動かす設計そのものです。そして、その原理がいちばん分かりやすく詰まっているのが、ミスドのあのカードでした。

なぜ、あのカードを集めてしまったのか

スクラッチカードには、人を掴む仕掛けが複数、重ねて埋め込まれていました。順に見ていきます。

こするまで分からない、という報酬の設計

いちばん効いていたのは、何点出るか、こするまで分からないことです。3点かもしれないし、10点かもしれない。この予測できなさが、脳を刺激します。

人は、結果が決まっている報酬より、どうなるか分からない報酬に強く反応します。ガチャやくじが人を掴むのと同じ仕組みです。ドーナツを買うという行為に、こするまでのわずかな期待が上乗せされる。この小さな高鳴りが、ただの買い物を、少しだけゲームに変えていました。

集めるほど、やめられなくなる

もうひとつは、点数を集めるという構造です。集まってくると、途中でやめるのが惜しくなります。あと20点で景品に届く、というところまで来ると、ここでやめたらもったいない、という気持ちが働きます。

これは、これまで費やしたものを惜しむ心理です。すでに集めた点数が、次の一枚を欲しがる理由になる。景品そのものが欲しいというより、ここまで集めたものを無駄にしたくない、という力のほうが強く働いていました。人は、ゼロから始めるのは苦手でも、途中まで来たものを手放すのはもっと苦手です。

買い物が、目的を持った行動に変わる

この二つが組み合わさると、ドーナツを買うという行為の意味が、変わります。ただ食べたいから買うのではなく、点数を集めるために買う。景品というゴールに向かって、一枚ずつ進んでいる感覚が生まれます。

マーケティングの視点で見ると、これは見事な仕掛けです。同じ商品を買っているのに、消費が達成に変わっている。お客さんは、割引で釣られたのではなく、自分から進んで通っていました。値引きは利益を削りますが、この設計は利益を削らずに人を動かしています。ここが、ゲーミフィケーションの強いところです。

いまも同じことが起きている──もっちゅりんの熱狂

これは昔話ではありません。同じミスドで、いままさに似た現象が起きています。もっちゅりんです。もっちゅり食感を売りにしたドーナツで、2025年に話題となり、2026年も想定を上回る反響で、第1弾が早期終了し、第2弾の発売は中止になりました。買えなかった人が続出したのです。

ここで働いているのも、スクラッチカードと地続きの心理です。手に入らないかもしれない、という状態が、欲しさを跳ね上げます。いつでも買えるなら、人はこれほど動きません。数量や期間が限られ、予約しても届かないことがあるという不確実さが、あのときこすらないと点数が分からなかった期待感と、同じ場所を刺激しています。

さらに、買えた人がSNSに投稿し、買えなかった人がそれを見て、次こそはと構える。手に入れること自体が、ひとつの達成になっています。ドーナツの味だけでは、ここまでの熱狂は生まれません。買えるかどうか分からないという体験が乗ることで、消費が達成に変わる。二十年前のカードと、いまのもっちゅりん。仕掛けの見た目は違っても、人の心が動く仕組みは、驚くほど変わっていません。

実は、ぼくたちは子どもの頃から知っている

こう書くと、ゲーミフィケーションは新しくて高度な技術のように聞こえます。でも、そうではありません。ぼくたちは、子どもの頃から、これを体で知っています。

じゃんけんに勝つと、グリコ、チヨコレイト、パイナツプルの文字数だけ前に進めた、あの遊び。あれも立派なゲーミフィケーションです。ただ道を歩くだけの行為が、勝ち負けと前進の仕組みを足しただけで、夢中になれる遊びに変わりました。お金も、道具も、アプリも要りません。あるのは、人の心を動かす設計だけです。

デジタルの時代になって、ゲーミフィケーションは複雑になりました。ポイント、バッジ、ランキング、通知。仕組みは高度になりましたが、肝心の「人の心が、なぜ動くのか」という部分は、あのスクラッチカードや、じゃんけんのグリコから、何も変わっていません。複雑にするほど本質から遠ざかることさえあります。

ゲーミフィケーションを、仕事で使うために

この原理を、自分の仕事に落とすときのポイントを、三つに絞ります。

ひとつめは、予測できない要素を、どこかに残すことです。すべてが計算どおりに進む仕組みは、正しくても退屈です。結果が読めない小さな余白が、人の注意を引きつけ続けます。

ふたつめは、進んでいる感覚を、目に見える形にすることです。あと少しで届く、ここまで来た、という手応えが見えると、人は続けたくなります。点数でも、ゲージでも、スタンプでもかまいません。進捗が見えることが大事です。

みっつめは、仕組みを複雑にしすぎないことです。ルールが増えるほど、人は入口で離れます。じゃんけんのグリコのように、一目で分かって、すぐ始められる。その単純さこそが、いちばん強い設計です。ゲームの発想を仕事に持ち込む考え方は、ゲーム業界への転職の記事でも触れました。

よくある質問

ゲーミフィケーションとは何ですか

ゲームが人を夢中にさせる仕組みを、ゲーム以外の場面に応用することです。ポイントを貯める、レベルが上がる、あと少しで達成できるといったゲームの要素を、買い物や学習や仕事に取り入れ、人が自ら動きたくなる状態を作ります。ミスドのスクラッチカードは、その分かりやすい実例です。

なぜミスドのスクラッチカードは人を夢中にさせたのですか

こするまで何点出るか分からないという予測できない報酬の設計と、集めた点数を無駄にしたくないという心理が組み合わさっていたためです。この二つによって、ドーナツを買うという行為が、景品というゴールに向かって進む達成体験に変わっていました。

ゲーミフィケーションは、どんなビジネスでも使えますか

使えます。ポイントカードのような大がかりな仕組みは必須ではありません。予測できない小さな要素を残す、進んでいる感覚を見えるようにする、ルールを単純に保つ。この三つは、規模や業種を問わず応用できます。じゃんけんのグリコのように、道具がなくても成立します。

ゲーミフィケーションで失敗しないために気をつけることは何ですか

仕組みを複雑にしすぎないことです。ポイントやバッジやランキングを盛り込むほど高度に見えますが、ルールが増えると人は入口で離れます。人の心がなぜ動くのかという本質は、単純な仕掛けのほうがよく捉えられます。複雑さは、しばしば本質から遠ざける方向に働きます。

まとめ

ミスドのスクラッチカードが忘れられないのは、あれがゲーミフィケーションの本質を、ぜんぶ備えていたからです。こするまで分からない期待、集めたものを手放したくない心理、そして買い物が達成に変わる感覚。この三つが、ただの消費を、夢中になれる体験に変えていました。

ゲーミフィケーションは、アプリや最新技術の話に見えて、その正体は、じゃんけんのグリコと同じです。大事なのは仕組みの複雑さではなく、人の心をどう動かすかという一点だけです。あの一枚のカードは、それを二十年たったいまも、ぼくたちに思い出させてくれます。

人が何に夢中になり、なぜ続けてしまうのか。その仕組みはBeRealの記事ファンエコノミーの記事にもまとめています。あわせて読んでもらえたらと思います。

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