結論から書きます。BeRealが人を動かしたのは、機能ではなく、逃げ場のなさでした。ランダムに届く通知、加工できない2分間、全員が同じ時間に投稿する構造。この三つが噛み合って、意志の力を使わなくても続いてしまう仕組みが生まれていました。習慣化マーケティングを考えるうえで、これほど分かりやすい教材はありません。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、生活者の行動を見てきました。BeRealのブームは、いまや一段落しています。だからこそ、流行の熱が冷めたあとに何が残るのかを、落ち着いて分解できます。大事なのはBeRealというアプリではなく、そこで働いていた原理のほうです。
BeRealとは何か
BeRealは、2020年にフランスで生まれた写真共有アプリです。最大の特徴は、1日1回、ランダムな時間に「いまから2分以内に投稿して」という通知が全ユーザーに一斉に届くことです。通知が来たら、スマホの前面カメラと背面カメラで同時に撮影し、そのままの姿を投稿します。フィルターも、撮り直しの余裕も、ほとんどありません。
他のSNSが「いちばんいい瞬間を、いちばんいい形で見せる」場所だとすれば、BeRealは「いまの、ありのままを見せる」場所として設計されていました。盛るためのSNSが飽和したところに、盛らないSNSとして登場した。ここに、流行の最初の理由があります。
習慣化を生んだ、三つの仕組み
BeRealが続いてしまう構造は、三つの要素に分解できます。タイミング、共感、連続性です。順に見ていきます。
タイミング:予測できないから、意識が向く
通知がいつ来るか分からない、という設計が効いています。予測できない報酬は、予測できる報酬より強く人の注意を引きます。これは行動心理でよく知られた原理で、ゲームのガチャや、スロットが人を掴むのと同じ仕組みです。
毎日決まった時間に「投稿しましょう」と言われても、人はすぐ飽きます。いつ来るか分からないからこそ、一日のあいだ、頭の片隅にBeRealが居座り続ける。通知が来ていない時間まで、そのアプリのことを考えさせている。これは、常時接続を狙うサービスにとって理想的な状態です。
共感:みんなが同時にやっている、という圧
全員に同じタイミングで通知が届く、という点も見逃せません。自分が投稿するとき、他の人も同時に投稿している。タイムラインを開くと、友人たちのいまが一斉に並びます。
ここで働いているのは、社会的証明と呼ばれる心理です。「みんながやっているなら、自分もやらなければ」という感覚が、自然に行動を促します。予備校の自習室で、周りが勉強していると自分も机に向かえるのと同じ構造です。BeRealは、この同調圧力を、責める形ではなく、ゆるい一体感として設計していました。
連続性:途切れさせない、という執念
毎日投稿していると、それが記録として積み上がっていきます。連続日数が伸びるほど、途切れさせるのが惜しくなる。これはサンクコスト、つまり「ここまで続けたのだから、やめるともったいない」という心理です。
人は、ゼロから何かを始めるのは苦手ですが、続いているものを断ち切るのはもっと苦手です。連続の記録は、その苦手さを味方につける仕掛けでした。気づけば、投稿する理由が「楽しいから」ではなく「途切れさせたくないから」に変わっている。習慣化とは、まさにこの状態のことです。
いちばんの発明は、「盛れない」ことだった
三つの仕組みは、どれも他のサービスにも応用できるものです。ただ、BeRealに固有の発明がひとつあります。加工させない、という制約です。
他のSNSが長く抱えてきた問題は、疲れでした。いちばんよく見せなければ、という圧力が、投稿を義務に変えてしまう。盛った自分と、本当の自分の差が広がるほど、SNSは楽しい場所ではなく、演じ続ける舞台になっていきます。
BeRealは、そこを逆に振り切りました。加工の余地をなくし、2分という制限で作り込む時間を奪う。盛れないから、盛らなくていい。この解放感が、演じ疲れた人たちに刺さりました。マーケティングの視点で言えば、これは競合が全員同じ方向に進んだときに、あえて逆を張って空いた席に座る、という王道の戦略でもあります。「盛る」が飽和したから「盛らない」に価値が生まれた。需要は、いつも不満の裏側にあります。
この「ありのまま」への揺り戻しは、BeReal単体の話ではありません。着飾らない豊かさを良しとする空気や、作り込まないことへの信頼は、時代全体の気分でもあります。推し活経済の記事で書いた、共感でつながる消費の流れとも、根っこは同じです。
なぜ、ブームは一段落したのか
正直に書きます。BeRealの熱は、いま冷めています。ここを見ないふりをすると、学べるものも学べません。
理由は、皮肉なことに、流行の理由の裏返しでした。毎日決まって通知が来ることは、続ける力であると同時に、飽きる原因でもありました。予測できない刺激も、毎日続けば予測できる日常になります。そして、盛れないことの解放感は、投稿する内容が変わり映えしないという退屈さと、紙一重でした。
加えて、他のSNSがBeRealの機能を次々と真似しました。独自だったはずの「盛らない」体験が、どこでも味わえるものになった瞬間、わざわざそのアプリを開く理由が薄れます。一点突破で流行ったサービスは、その一点を模倣されると弱い。これも、繰り返し起きるパターンです。
ここから、マーケターが持ち帰れること
BeRealの盛衰から、実務に効く教訓が三つ引き出せます。
ひとつめは、習慣は意志ではなく設計で作る、ということです。ユーザーに「毎日使ってください」とお願いしても、人は動きません。予測できないタイミング、みんなでやっている感覚、途切れさせたくない記録。この三つを仕組みとして埋め込むほうが、はるかに効きます。継続を促したいサービスは、まずこの三点を自分の設計に当てはめてみる価値があります。
ふたつめは、飽和した市場では、逆張りが席を作る、ということです。競合が全員「もっと便利に、もっと豪華に」と進んでいるとき、あえて引き算した提案が刺さることがあります。ただし、その逆張りが本物の不満に応えているかを見極める必要があります。ゲームの発想を仕事に持ち込む考え方は、ゲーム業界への転職の記事でも触れました。人が何に夢中になるかを分解する目は、業界を問わず効きます。
みっつめは、一点突破は諸刃だ、ということです。ひとつの強烈な特徴で流行ったものは、その特徴を真似された瞬間に脆くなります。流行らせることと、流行らせ続けることは、まったく別の設計を要求します。ブームを起こす力と、ブームのあとに残る力は、分けて考えたほうがいい。
よくある質問
BeRealはなぜ流行ったのですか
ランダムな時間に届く通知、加工できない2分間、全員が同時に投稿する構造という三つが噛み合い、意志の力を使わなくても続く仕組みが生まれたためです。加えて、盛ることに疲れた人たちに「盛らなくていい」という解放感を提供したことが、他のSNSとの決定的な違いになりました。
BeRealの習慣化の仕組みは、他のサービスに応用できますか
できます。予測できないタイミングで接点を作る、みんながやっているという感覚を見せる、続けた記録を途切れさせたくない状態を作る。この三つは、アプリに限らず、継続利用を促したいあらゆるサービスに当てはめられます。ユーザーの意志に頼らず、構造で習慣を作るのが要点です。
BeRealのブームはなぜ落ち着いたのですか
流行の理由が、そのまま飽きの理由に転じたためです。毎日届く通知は予測できる日常になり、盛れない体験は変わり映えのなさに変わりました。さらに他のSNSが同様の機能を導入し、独自性が薄れたことも大きな要因です。一点突破で流行ったサービスが、その一点を模倣されると弱くなる典型例です。
「盛らないSNS」というトレンドは今後も続きますか
アプリとしてのBeRealの勢いとは別に、ありのままや真正性を良しとする気分は、時代全体の底流として残ると考えられます。着飾らない豊かさへの共感は、消費や発信の広い範囲で見られる流れです。ただし、それを一つの機能だけで囲い込むのは難しく、体験全体でどう応えるかが問われます。
まとめ
BeRealが教えてくれたのは、習慣は意志ではなく設計で生まれる、ということでした。タイミング、共感、連続性。そして、盛れないという制約がもたらした解放感。これらは、アプリが下火になったあとも、マーケティングの原理として残ります。
流行を追うと、次に何が来るかばかりを考えてしまいます。でも本当に持ち帰るべきなのは、なぜそれが人を動かしたのか、という仕組みのほうです。仕組みは、流行が去っても手元に残り、次の場面で使えます。BeRealというアプリは通り過ぎても、そこで働いていた原理は、まだ現役です。
人が何に夢中になり、なぜ続けてしまうのか。その構造を分解する視点は、ファンエコノミーの記事にもつながります。あわせて読んでもらえたらと思います。