グラビアという言葉が指すものは、この15年ほどで明らかに変わりました。その転換点にいた人が、写真家の細居幸次郎さんです。結論から書きます。細居さんが代わりのいない存在になったのは、上手く撮るからではなく、撮る側が主役の座から降りたからです。そして、カメラマンが引いた結果、カテゴリーそのものの定義が書き換わりました。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、ブランドやカテゴリーの立て方を考えてきました。広告屋の目で見ると、これは「商品の意味を変えた」事例として、かなり教科書的です。順番に解剖します。
まず、どんな写真家なのか
細居幸次郎さんは1978年生まれ、大阪府出身。2002年に写真家の丸谷嘉長さんに師事し、2007年に独立しています。女優やアイドルのグラビア、ポートレートを中心に活動してきました。
代表作を並べると、その位置がよく分かります。齋藤飛鳥さんの「潮騒」(2017年・幻冬舎)、長濱ねるさんの「ここから」(2017年・講談社)、伊織もえさんの「ぼくともえ。」(2019年・講談社)。いわゆる坂道グループのアイドル写真集を数多く手がけている人です。
何が変わったのか、当事者の言葉で
この記事の核心は、業界の内側からの証言にあります。グラビア専門誌「STRiKE!」の編集長である木村親八さんが、こう語っています。
「細居さんが出てきた頃を境に、セクシーに撮るグラビアから、人を撮るグラビアに様相が変わった実感があります」(出典:リアルサウンド)
そして、より具体的なのがこちらです。木村さんは2009年に発売された逢沢りなさんの写真集「Rina」に衝撃を受けたと振り返り、その理由をこう説明しています。
「これまでのグラビアには、カメラマンがグイグイ攻めるイメージがあったのですが、細居さんの写真からは、そこに写る女の子が中心となった世界を感じました」
ここに全部あります。それまでのグラビアは、撮る側が攻めるものでした。構図も、演出も、要求も、カメラマンが主導する。作品は、撮る側の意図の表現物だったわけです。
「攻めない」という選択が、なぜ強かったのか
細居さんがやったのは、その逆でした。一歩引いて、被写体が中心にいる世界をそのまま写す。スナップ写真のようなグラビア、と評されるのはこのためです。
マーケティングの言葉にすると、こうなります。主役の座を、作り手から被写体へ渡した。ここが決定的です。
普通、専門家は自分の技術を見せたくなります。ぼくも代理店時代、そうでした。凝った構成、巧みなコピー、目を引く表現。でも、作り手の存在感が前に出るほど、本来の主役はかすみます。広告でいえば、話題になったのに商品名が覚えられていない、という現象です。
細居さんの写真では、写真家の存在が見えません。だから見る人は、その人自身を見ます。作り手が消えるほど、被写体が立つ。この構造を、意識的に選んだところが本質だと思います。
いちばん強い証拠は、被写体が指名すること
この記事でいちばん重要な事実がこれです。櫻坂46のキャプテンだった菅井友香さんは、卒業写真集の撮影者として、自ら細居さんを指名しました。理由は「一番自然な表情を撮ってくれるから」でした。
ここに、マーケティングとして見逃せない構造があります。通常、写真家に仕事を発注するのは出版社です。つまり顧客は出版社であって、被写体ではありません。ところが細居さんの場合、被写体本人が名前を挙げて呼ぶ。
これは、発注者ではなく、その先にいる人が指名しているということです。この状態になると、価格や条件では代替できなくなります。出版社が別の写真家を立てようとしても、被写体が「あの人がいい」と言えば、その希望が通るからです。
| 普通の受注 | 細居さんの状態 | |
|---|---|---|
| 誰が選ぶか | 発注者(出版社) | 被写体本人 |
| 選ばれる理由 | 実績・条件・スケジュール | この人になら任せられる |
| 代替可能性 | 他の写真家でも成立する | 本人の希望なので替えがきかない |
仕事において、いちばん強いのはこの状態です。選ぶ権限のない人が、それでもあなたを呼ぶ。ここまで来ると、営業は要りません。
カテゴリーの定義を変えるということ
広告屋として、もうひとつ注目したいことがあります。細居さんがやったのは、グラビアというカテゴリーの中でうまくやることではなく、グラビアが何を意味するかを変えることでした。
これは、商品でいえば意味の再定義です。同じ商品カテゴリーでも、何のために買うものかが変われば、競争のルールごと変わります。セクシーさで競っている市場と、その人らしさで競っている市場では、勝つための条件がまったく違うからです。
ルールの中で1位を取るのは大変ですが、ルールが変われば、その瞬間に自分がいちばん適した位置に立てます。細居さんは、自分の撮り方を変えなかっただけかもしれません。でも結果として、市場のほうが彼の撮り方に寄っていきました。
ここは、差別化をどこに置くかの話ともつながります。同じ土俵で戦うか、土俵の意味を変えるか、という違いです。
「引く」ことで強くなった人たち
面白いのは、この構造がいろいろな分野で同じように現れることです。
写真家の濱田英明さんは、最短撮影距離1メートルという制約を受け入れ、被写体から物理的に離れることで、家族写真を作品に変えました。モナキは、自分たちの宣伝ではなく、踊ってくれた相手に返すことで広がりました。本田圭佑さんは、専門的な分析を捨てて視聴者と同じ目線の言葉を選びました。
全員、自分が前に出るのをやめています。そして全員、代わりがいない存在になっています。偶然ではないと思います。前に出ないという選択は、実力がある人にしかできないからです。
自分の仕事に引き寄せると
この話は、そのまま働き方に置き換えられます。
ぼくが採用する側に回って気づいたのは、評価される人ほど、自分の手柄を前に出さないということでした。「私がやりました」と言う人より、「チームがこう動いたので、こうなりました」と話す人のほうが、結果的に信頼されます。前者は自分を大きく見せようとして、かえって小さく見える。
そして、細居さんの事例がいちばん教えてくれるのは、発注者ではない人から指名される状態を作れるかということです。直接の取引先ではなく、その先にいる人が名前を覚えている。そこまでいくと、価格競争から降りられます。
市場価値の話は、この記事にも書きました。技術の高さより、この人に任せたいと思われるかどうかが、最後の差になります。
よくある質問
細居幸次郎さんはどんな写真家ですか
1978年生まれ、大阪府出身の写真家です。2002年に丸谷嘉長さんに師事し、2007年に独立しました。女優やアイドルのグラビア、ポートレートを中心に活動し、齋藤飛鳥さんの「潮騒」、長濱ねるさんの「ここから」、伊織もえさんの「ぼくともえ。」など、多くの写真集を手がけています。
グラビア表現をどう変えたと言われているのですか
グラビア専門誌「STRiKE!」編集長の木村親八さんは、細居さんが出てきた頃を境に「セクシーに撮るグラビア」から「人を撮るグラビア」へ様相が変わったと語っています。それまではカメラマンが主導して攻める形が主流でしたが、細居さんの写真では被写体が中心にいる世界が描かれている、という評価です。
なぜ被写体から指名されるのですか
櫻坂46の菅井友香さんは、卒業写真集の撮影者として細居さんを自ら指名しました。理由は「一番自然な表情を撮ってくれる」からです。撮る側が前に出ず、被写体が中心にいられる撮り方だからこそ、任せたいと思われるのだと考えられます。
この考え方は他の仕事にも応用できますか
できます。要点は2つです。ひとつは、自分の技術を見せることより、本来の主役を立てること。もうひとつは、直接の発注者ではなく、その先にいる人から指名される状態を目指すことです。この状態になると、条件や価格では代替されにくくなります。
まとめ
細居幸次郎さんが指名され続けるのは、技術の高さだけが理由ではありません。攻めるのをやめて、主役の座を被写体に渡したからです。作り手が消えるほど、写っている人が立つ。その構造を選んだことが、そのまま作風になりました。
そして、その撮り方が広がった結果、グラビアというカテゴリーの意味自体が変わりました。ルールの中で1位を取るより、ルールが変わったときにいちばん適した場所に立っているほうが強い。
前に出ないことは、消極的な選択に見えます。でも実際には、実力がある人にしかできない、いちばん攻めた選択です。