よそおいの話

濱田英明はなぜ唯一無二なのか|制約を選ぶことが、作風になるという話

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写真家の濱田英明さんの作品は、見た瞬間に濱田英明さんだと分かります。これは、実はとても珍しいことです。結論から書きます。濱田さんが唯一無二になったのは、優れた機材を選んだからではなく、不便な制約を選び、それを手放さなかったからです。デジタルなら一瞬で解決できる不自由を、あえて抱え続けた。その不自由が、そのまま作風になりました。

ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、ブランドの差別化を考えてきました。広告屋の目から見ると、この事例は「差別化をどこに置くか」の答えそのものです。順番に解剖します。

まず、何をしている人なのか

濱田英明さんは1977年、兵庫県の淡路島生まれ。大阪を拠点に活動しています。もともとは写真家ではなく、Webデザイナーでした。写真家として独立したのは2012年9月、35歳のときです。

使っている機材は、PENTAX 67II。フィルムはコダックのポートラ400。このPENTAX 67は、その巨大さと重さから、通称「バケペン」(お化けペンタックス)と呼ばれています。中判フィルムカメラなので、当然デジタルではありません。

代表作は、二人の息子を撮った写真集「Haru and Mina」です。2009年7月から2020年4月までに撮った8,000枚以上の中から313枚を選び、504ページにまとめたものです。最初に出版されたのは日本ではなく、台湾でした。

不便さのほうが、作風を作っている

ここが本題です。バケペンには、デジタルカメラから見ると信じがたい制約が2つあります。

制約①:1本のフィルムで、10枚しか撮れない

中判フィルムは、1本で10枚です。デジタルなら、1日で1,000枚撮ることもできます。この差は、単なる枚数の差ではありません。枚数が限られると、撮る前に考えるようになります。

濱田さん自身、この制約が、被写体とどう向き合うか、どう構図を決めるかを深く考えさせたと語っています。デジタルは「とりあえず撮って、あとで選ぶ」ができます。便利です。でも、あとで選べるということは、撮る瞬間に決めなくていいということでもあります。

10枚しかないなら、1枚に集中するしかありません。この緊張が、写真に残ります。

制約②:1メートルより近づけない

そして、こちらのほうが決定的です。使っているレンズの最短撮影距離は、約1メートル。それ以上、被写体に近づけません。

普通に考えれば、子どもを撮るのに1メートル以上離れなければならないのは、ただの不便です。でも濱田さんは、この距離が、自分の子どもを撮るときに客観的な距離を保たせてくれたと語っています。

ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。物理的な距離が、感情的な距離を作った。親が自分の子どもを撮ると、たいてい近づきすぎます。近づいた写真は、親にとっては愛おしいけれど、他人が見ると、ただの家族写真です。

1メートル離れると、子どもは「わが子」から「そこにいる人物」に変わります。景色と一緒に写るようになり、光や空気も入ってくる。だから、他人が見ても成立する作品になった。近づけないという制約が、作品と記録を分けたわけです。

制約は、選ばれたものだった

大事なのは、これらの制約が与えられたものではなく、選ばれたものだという点です。

2012年に写真家として独立した時点で、高性能なデジタル一眼はいくらでもありました。仕事として撮るなら、そちらのほうが速く、確実で、安い。それでも濱田さんはバケペンを使い続けています。

つまり、便利さを捨てる判断を、毎回しているということです。ここが決定的です。制約は、押し付けられている間はただの不自由ですが、自分で選んだ瞬間に作風になります。

デジタルで撮る バケペンで撮る
枚数 ほぼ無制限 1本10枚
判断のタイミング 撮った後に選べる 撮る前に決めるしかない
被写体との距離 いくらでも寄れる 1メートル以上離れる
生まれるもの 正確な記録 距離と余白のある作品

広告屋から見ると、これは差別化の教科書

ぼくが代理店時代に何度も見たのは、機材やツールで差別化しようとして失敗する例でした。道具は、買えば誰でも手に入ります。バケペンを使っている写真家は、濱田さんだけではありません。

では、なぜ濱田さんだけが唯一無二なのか。道具を持っていることではなく、その道具が課す制約を、作品の核に変換したからです。同じカメラを買っても、この変換は真似できません。

これは、以前に書いた差別化をどこに置くかの話と同じ構造です。真似できる部分(機材)と、真似できない部分(制約の受け止め方)を、きちんと分けている。

ブランドでも同じことが言えます。素材や製法にこだわるブランドは、たいてい「不便」を抱えています。手作業だから量産できない、天然素材だから季節に左右される。その不便を、隠さずに前に出せているブランドだけが強くなります。不便を解消してしまうと、同時に理由も消えるからです。

そして、蓄積が発見につながった

もうひとつ見逃せないのが、世に出た経路です。濱田さんは、撮った写真をFlickrに上げていました。仕事の依頼のためではなく、ただ発表していた形です。

それを見た台湾のギャラリーから声がかかり、2012年12月に「Haru and Mina」が台湾で出版されます。日本での評価が先ではありませんでした。そして「Haru and Mina」は、2009年から2020年までの11年分の蓄積から選ばれています。

ここは、藤井風さんの記事で書いた構造とまったく同じです。同じ場所に、同じスタイルで、長く積む。積んでいたから、見つけられた瞬間に深さがあった。いまはインスタグラムのフォロワーも数十万人規模になっていますが、出発点は、誰にも頼まれていない蓄積でした。

自分の仕事に引き寄せると

この話は、働き方にそのまま置き換えられます。

ぼくたちは、制約を減らすことが良いことだと思いがちです。ツールを増やし、効率を上げ、選択肢を広げる。もちろん必要です。でも、制約がゼロになると、その人らしさも消えます。何でもできる人は、何の人か分からない人でもあります。

ぼくが40歳で独立したとき、いちばん大きかったのは、できることが増えたことではなく、受けない仕事を決めたことでした。会社員のときは、来た仕事を断れません。独立して初めて、断るという制約を自分で選べるようになった。その線引きが、そのまま何をする人かの説明になっています。

濱田さんが1メートル離れることを受け入れたように、自分に課す制約を選べるかどうかが、代わりのいない人になるかどうかを分けます。市場価値の話はこちらの記事にも書きました。

よくある質問

濱田英明さんはどんなカメラを使っているのですか

PENTAX 67IIという中判フィルムカメラに、SMC 105mmのレンズを使い、コダックのポートラ400というフィルムで撮っています。PENTAX 67は、その大きさと重さから「バケペン」(お化けペンタックス)という通称で知られています。

なぜデジタルではなくフィルムなのですか

制約が作品の核になっているためです。1本で10枚しか撮れないことが、撮る前に考える姿勢を作り、レンズの最短撮影距離が約1メートルであることが、被写体との客観的な距離を保たせています。デジタルで撮ると、この2つの制約が消えてしまいます。

「Haru and Mina」とは何ですか

濱田さんが二人の息子を撮った写真集です。2009年7月から2020年4月までに撮影した8,000枚以上の中から313枚を選び、504ページにまとめられています。最初に出版されたのは2012年12月の台湾で、日本版はその後に出ました。

この考え方は、写真以外にも使えますか

使えます。要点は、制約を減らすことだけを目指さないことです。自分で選んだ制約は、そのまま作風や独自性になります。逆に、何でもできる状態は、何の人か分からない状態でもあります。受けない仕事を決めることも、制約を選ぶことのひとつです。

まとめ

濱田英明さんが唯一無二なのは、特別な機材を持っているからではありません。1本10枚という制約と、1メートル以上離れなければならないという制約を、自分から選び、手放さなかったからです。

その2つが、撮る前に考える姿勢と、家族写真を作品に変える距離を作りました。不便さは、隠すものではなく、理由になります。

効率を上げることばかり考えていると、見落とします。何を手放さないかを決めることが、代わりのいない存在になる、いちばん確実な方法です。

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