40代を過ぎたら、バタフライがいいです。腕を大きく回すあれのことではなく、水の中でうねるほうです。
ぼくは週3回、市民プールに行きます。1時間以内なら300円。軽くウォーミングアップしたあとは、ずっとドルフィンキックをやっています。腕をつけたバタフライは、最後に何往復かだけ。これだけで体調が変わりました。全体的に良くなったなかで、いちばんはっきり変わったのは睡眠の質です。
あとから調べたら、この順番にはちゃんと理由がありました。40代がバタフライから受け取れるものと、40代がバタフライで壊すものの、両方に関わる理由です。
バタフライの本体は、腕ではなくキック
バタフライは、腕を回して進む泳法ではありません。体幹のうねりで進んで、腕はそのうねりの最後に乗るだけの泳法です。
腕を1回まわす間に、キックは2回入ります。第1キックは手が水に入るのとほぼ同時、第2キックは腕をかき終えるあたり。うねりが先にあって、腕はその波にタイミングを合わせているだけです。
だから、キックだけを取り出しても泳ぎとして成立します。水中ドルフィンキックが競泳で独立した技術として扱われているのは、そのためです。腕を外しても、推進力の骨組みは残ります。
40代がバタフライに手を出すとき、この順番を知っているかどうかで結果が正反対になります。
ドルフィンキックで働いているのは、腹の内側
ドルフィンキックの主役は脚ではなく、体幹です。特に、腹の深いところにある筋肉が働き続けます。
エリート男子選手の水中ドルフィン泳を筋電図で測った研究では、内腹斜筋が最大随意収縮の50%を超えている時間が1キックサイクルの82〜100%、腹直筋では88〜100%に達していました。ほぼ蹴りっぱなしの間ずっと、腹の筋肉が高い出力で入り続けているということです。
さらに、腹横筋と多裂筋が骨盤の傾きを制御して、体を伝わる波の形を保っています。腹横筋は動作のたびに先に収縮して腰椎を安定させる筋肉で、腰痛との関わりが指摘されている部位です。
ぼくが感じていたのは、まさにここでした。ドルフィンキックをしていると、腹の外側ではなく中側が鍛えられている感覚がある。表面の腹直筋が疲れるのとは別種の、内側から締まる感じです。あとで研究を読んで、体感と名前がつながりました。
陸上の腹筋運動との違いは、収縮が途切れないことです。上体を起こして戻す動きには必ず抜けるところがありますが、うねり続けている間、腹の内側は抜けません。
40代が最初に失うのは、この深いところ
筋肉は30歳ごろから、年0.5〜1%ずつ減っていきます。40〜89歳を対象にした調査では、太ももの筋面積が男性で年0.6%、女性で年0.4%の割合で落ちていました。
問題は、減り方に偏りがあることです。素早い動きをつくる速筋のほうが先に落ちて、ゆっくりした動きの遅筋は残ります。だから40代の体は、歩けるけれど跳べない、という形で衰えていきます。
ドルフィンキックは、速い収縮を体幹の深いところで繰り返す運動です。落ちる順番と、鍛えられる場所が重なっています。ウォーキングやジョギングでは、ここには届きません。
40代の運動を何にするかは、健康の話であると同時に、仕事の持ち時間の話でもあります。30代マーケターの健康維持で書いたことの、続きにあたる話です。
水の中なら、関節を壊さずに強度を上げられる
40代の運動で難しいのは、強度が欲しいのに関節が持たないことです。水の中は、この2つを同時に解きます。
浮力で体にかかる負荷が減ります。腰まで浸かると体重の負荷は約50〜60%、胸まで浸かると約30%、肩まで浸かれば約10%まで下がります。膝と腰にかかるものが、陸上とは桁違いに小さい。
それでいて、強度は落ちません。身体活動の強度を表すメッツで見ると、バタフライは13.8メッツです。ランニングやサッカーと並ぶ、日常の運動でいちばん上のほうにある数字です。
あと、水圧が体を締めることで静脈が心臓に血を戻しやすくなり、同じ強度の陸上運動と比べて心拍数が10%ほど低く済みます。心臓への負担が軽い状態で、高い強度を出せる。40代の体に対して、これはかなり都合のいい組み合わせです。
ただ、いきなり腕から入ると肩を壊す
ここが、この記事でいちばん書きたかったところです。40代がバタフライを腕から始めると、高い確率で肩を痛めます。
肩の痛みは水泳でもっとも多い故障で、競技選手では40〜91%、マスターズ世代でも19〜62%に報告があります。バタフライは両腕を同時に頭上へ回すので、肩の腱が骨の下でこすれる動きが繰り返されます。
しかも40代の肩は、すでに変性が始まっています。マスターズスイマーの肩を超音波で調べた研究では、上腕二頭筋長頭腱の腱症が48.8%、棘上筋の部分断裂が35.0%に見つかりました。痛みが出ていない人にも、それだけの所見がある。
腰も同じです。バタフライは脊椎の障害が多い泳法で、選手の33.3〜58%に報告があります。うねりを腹ではなく腰でつくると、そのまま腰椎に返ってきます。
つまりバタフライは、体幹ができている人には最高の運動で、できていない人には最短の故障ルートです。この2つを分けるのが、練習の順番になります。
コーチが示す上達の順番も、キックの習得、息継ぎなしのバタフライ、息継ぎありのバタフライ、と決まっています。腕は最後です。速く泳ぐためのセオリーが、そのまま40代の肩を守るセオリーにもなっています。
ぼくのバタ活は、こういう形になった
やっていることは単純です。
週3回、市民プールに行きます。1時間以内なら300円。予約もいりません。軽く泳いでウォーミングアップしたあと、ずっとドルフィンキックをやります。最後に腕をつけたバタフライを何往復かして、上がります。
やっているのは、気をつけドルフィンキックです。腕を前に伸ばさず、体の横につけたまま、うねりだけで進みます。
けのびの姿勢だと、腕を前に伸ばしているぶん体が勝手にまっすぐになります。気をつけには、それがありません。姿勢を保つものが腹しか残らないので、ごまかしが効かなくなります。腹の内側が効く感覚がはっきり出るのは、たぶんこの姿勢だからです。
あと、肩をいっさい使いません。40代がバタフライに近づく入り口として、これより安全なものはないと思っています。
うねりの作り方は、この動画がわかりやすかったです(【SWIM TEAM】ネクストフィールド「【バタフライ編】基礎の動作!まずはうねりを覚えよう!」)。
腕をつけた本数を絞っているのは、最初からそう決めていたわけではありません。バタフライをずっと続けられるほどの体力がなかったから、結果的にキック中心になっただけです。それが肩を守る順番だったと知ったのは、あとになってからでした。
続いている理由は、はっきりしています。300円だからです。週3回を1年続けても46,800円で、ジムの会費より安い。行かなかった日に損した気持ちにならない金額であることが、たぶんいちばん効いています。
習慣は、意志ではなく単価と摩擦で決まります。ジャーナリングを習慣にしたときも、続いた理由は同じところにありました。
いちばん変わったのは、睡眠の質
バタ活を始めていちばんはっきり変わったのは、睡眠の質です。体のあちこちが全体的に良くなったなかで、順位をつけるならここが頭ひとつ抜けています。
体感でしかないので、あとから調べました。習慣的な運動が睡眠を良くすることは、寝つきが良くなる、夜中に目を覚ます回数が減る、深い眠りにあたる徐波睡眠が増える、という形で確かめられています。筑波大学の研究では、運動が深い睡眠のδ波の安定性まで高めることが示されました。
仕組みとして言われているのは、深部体温の落差です。運動でいったん上がった体の内部の温度が、数時間かけて下がっていく過程で強い眠気が来る。プールの水温は体温よりだいぶ低いので、上がった体温が水に持っていかれて、そのあとの下がり方がはっきり出ます。泳いだ日の夜に眠くなるのは、たぶんこれです。
あと、ドルフィンキック中心にしていることも効いている気がします。ジョギングと違って着地の衝撃がないので、疲れているのに体は痛くない。眠りを邪魔する種類の疲労が残りません。
ここは研究の話というより、続けた結果いちばん嬉しかったことです。体重や見た目の変化を期待して始めると、たぶん途中でやめます。夜よく眠れる、という報酬のほうが毎日返ってくるぶん強い。
ただ、体感で語っているうちは体感のままです。なので、実際に測り始めました。スマートリングは水に強いので、泳いでいる間もそのままつけていられます。どれを選ぶかで迷った経緯はOura RingとRingConnを比べた記事に書きました。泳いだ日と泳がなかった日で数字がどう違うかは、データがたまったらこの記事に追記します。
週3回・1時間で、国の推奨をひとりで超える
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、成人に対して3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上、そして筋トレを週2〜3日すすめています。
中強度で泳ぐと、だいたい8メッツ前後です。1時間で8メッツ・時、週3回で24メッツ・時。休憩を挟むので実際はもう少し目減りしますが、ひとつの習慣で推奨の水準にほぼ届く計算になります。
筋トレの側も、ドルフィンキックは体幹の高い出力の収縮を繰り返す運動なので、部分的には埋まります。ただ、これで筋トレが全部いらなくなるとは言えません。上半身の押す動きや脚の荷重は、水の中では抜けたままです。そこは陸上で足すことになります。
道具は3つでいい
ドルフィンキック中心なら、必要なものは3つです。ビート板もフィンもいりません。
| 道具 | 選び方 |
|---|---|
| 水着 | 競泳用ではなくフィットネス用でいい。うねる動きで生地が引っぱられるので、ゆるいものは避ける |
| キャップ | シリコンが楽。メッシュより水の抵抗が少なく、髪が出にくい |
| ゴーグル | 水中を見るので曇り止め加工のあるもの。視界が悪いと壁までの距離感が狂う |
ぼくが使っているのは、スピードのフィットネス水着(上下)と、スピードのシリコンキャップです。どちらも高いものではありません。道具に迷って始めない、がいちばんもったいないので、ここは適当に決めていいところだと思っています。
よくある質問
Q. バタフライが泳げなくても始められますか?
始められます。ドルフィンキックは腕の動きを覚える必要がありません。特に気をつけドルフィンキックは、腕を体の横につけたまま進むので、覚えることが姿勢とうねりだけになります。壁を蹴って、うねって、立つ。最初はその繰り返しで足ります。
Q. ドルフィンキックだけで、運動になりますか?
なります。筋電図の研究では、水中ドルフィン泳で内腹斜筋や腹直筋が最大収縮の50%を超える状態がキックサイクルのほぼ全域で続いていました。腕を使わなくても、体幹の運動としては十分な強度です。
Q. 週何回からやる意味がありますか?
週1回でも意味はありますが、身体活動ガイド2023の推奨(週23メッツ・時)に届かせようとすると、1時間の水泳なら週3回あたりが目安になります。回数を増やすより、肩の様子を見ながら腕の本数を調整するほうが大事です。
Q. 肩が痛くなったらどうすればいいですか?
腕をつけたバタフライをやめて、キックだけに戻します。痛みが引かない場合は整形外科へ。マスターズ世代は痛みがなくても腱の変性が見つかることが多いので、我慢して続ける種類の痛みではありません。
Q. 泳ぐ時間帯は、いつがいいですか?
睡眠を目当てにするなら、就寝の2〜3時間前までに終える形が合っています。運動で上がった深部体温が下がっていく過程で眠気が来るので、その落差が寝る時間に間に合う組み立てにします。寝る直前の高強度は、逆に寝つきを悪くします。
Q. 腰が悪いのですが、バタフライは避けたほうがいいですか?
うねりを腰でつくると悪化します。バタフライは脊椎の障害が多い泳法で、選手の33.3〜58%に報告があります。腹の内側で波をつくれているうちは腰に来ませんが、疲れると腰に逃げます。腰に来た時点でその日は終わり、という決め方をしておくのが安全です。
出典
- Frontiers in Sports and Active Living「Muscle Synergy of the Underwater Undulatory Swimming in Elite Male Swimmers」(内腹斜筋・腹直筋の筋活動)
- 公益財団法人 長寿科学振興財団「サルコペニアとは」(加齢による筋量減少率・速筋の選択的萎縮)
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」(週23メッツ・時/筋トレ週2〜3日)
- Compendium of Physical Activities(バタフライ13.8メッツ)
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「快眠と生活習慣」(習慣的な運動による寝つき・中途覚醒・徐波睡眠の変化)
- 筑波大学「運動は深い睡眠の質を向上させる」(δ波の安定性を検証する睡眠脳波の解析)
- Ultrasonographic Evaluation of the Shoulders and Its Associations with Shoulder Pain, Age, and Swim Training in Masters Swimmers(マスターズスイマーの腱症・部分断裂の割合)
- Musculoskeletal Injuries in Competitive Swimmers, Mayo Clinic Proceedings(肩痛の有病率・バタフライの脊椎障害)
(この記事の情報は2026年8月11日時点のものです。持病や痛みがある場合は、始める前に医師に相談してください)