よそおいの話

藤井風はなぜ、デビュー初日から「深い」のか|10年分の蓄積が資産になるという話

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藤井風さんについて、ずっと言語化したかったことがあります。多くの人は歌声や人柄の話をしますが、マーケターとして見たときに、いちばん恐ろしいのは別のところです。結論から書きます。藤井風さんの強さは、12歳から約10年間、同じ場所で、同じスタイルの動画を上げ続けたことにあります。だから世の中が見つけたとき、そこには10年分の掘れる過去がありました。

ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、ブランドの育て方を考えてきました。その目で見ると、これは才能の話ではなく、時間の使い方の話です。順番に書いていきます。

12歳の動画が、いまも残っている

藤井風さんがYouTubeに最初の動画を投稿したのは2010年、小学6年生のときです。コブクロさんの「STAY」をピアノで弾いた動画で、いまも公式チャンネルに残っています。再生回数は128万回を超えています。

藤井風 公式チャンネルに残る最初期の投稿(2010年・12歳)

面白いのは、この最初の一本が本人の意思ですらなかったことです。本人によれば、父親が「これからはYouTubeの時代が来る」と言って、勝手に上げたのが始まりだといいます(出典:RBB TODAY)。

そこから、嵐、尾崎豊、西野カナ、GReeeeN、レディー・ガガ、ショパンまで、幅広いカバーを投稿し続けます。2017年にテイラー・スウィフトの曲をカバーしたあたりから、歌つきの動画が増えていきました。

10年の蓄積が、発見された日に一気に効く

ここが本題です。普通、新人がデビューすると、世の中が触れられる情報はデビュー曲しかありません。気に入っても、その先がない。興味が生まれた瞬間に、行き止まりになります。

藤井風さんは逆でした。2020年1月のメジャーデビュー時点で、すでに10年分の動画が積み上がっていました。だから、いいなと思った人は、そのまま過去へ潜れます。中学生の演奏も、高校生の歌も、全部そこにある。

発見した人が、掘れるだけの深さがある。これは、あとから作れません。デビューが決まってから10年分の過去を用意することは、誰にもできないからです。

実際、オリジナル曲を出す前の2019年7月に開催した初のワンマンライブは、追加公演を含めて全公演が完売しています。オリジナル曲がまだ無いのに、チケットが売り切れる。この異常事態は、10年分の蓄積がすでに人を集めていた証拠です。

なぜ「同じ場所・同じスタイル」が効くのか

蓄積といっても、ただ量を出せばいいわけではありません。ここに重要な条件が2つあります。

1. 場所を移さない

藤井風さんは、同じチャンネルに上げ続けました。もし流行のたびに媒体を変えていたら、蓄積は分散して、どこにも深さが生まれません。資産は、一箇所に積まないと資産になりません。これはブランドでも同じで、名前や置き場所を変えるたびに、それまでの記憶はリセットされます。

2. スタイルを変えない

ピアノの弾き語りという形式が、ずっと共通しています。だから、10年分を並べたときに、上達の軌跡が一本の線として見えます。形式が同じだから、変化が見える。形式まで変えてしまうと、点が散らばるだけで、物語になりません。

ここは見落とされがちですが、決定的です。同じ形式を続けることは、退屈に見えて、実は物語を作る装置です。

広告屋から見ると、これがいちばん真似できない

正直に書くと、この戦略は再現が難しいです。理由は明確で、10年間、誰にも見られない時期に耐える必要があるからです。

ぼくが代理店時代に何度も見たのは、3ヶ月で成果が出ないと打ち切られる施策でした。企業のオウンドメディアも、SNS運用も、たいてい半年から1年で判断されます。その時間軸では、この種の資産は絶対に作れません。

藤井風さんの場合、最初の一本が父親の思いつきだったことも効いていると思います。成果を期待して始めていないから、成果が出なくてもやめる理由がない。目的がないことが、続ける力になっている。この皮肉は、覚えておく価値があります。

よくある発信 藤井風さんの発信
時間軸 3ヶ月〜1年で判断 10年、判断しない
場所 流行に応じて移す 同じチャンネルに積む
形式 反応を見て変える 弾き語りのまま
発見時 最新作しか無く、行き止まり 10年分を遡れる

「見つけてもらう日」のために積む

ここまで書いてきて思うのは、蓄積とは、未来の自分への仕送りだということです。

発信しても反応がない時期は、誰にでもあります。むしろ、そちらのほうが長い。でも、その期間に積んだものは消えません。見つけてもらった日に、まとめて効きます。逆に、積んでいなければ、見つけてもらっても、そこで終わります。

藤井風さんは2020年のデビュー以降、世界に出ました。2025年にはワールドツアーを行い、ビリー・アイリッシュさんの来日公演にも出演しています。いま見ている人からすれば突然の才能に見えますが、実際には16年前の動画から地続きです。

自分のキャリアに引き寄せると

この構造は、ぼくたちの仕事にもそのまま使えます。転職市場でも同じことが起きるからです。

採用する側になって分かったのは、実績そのものより、その人の積み上げが一本の線に見えるかどうかを見ている、ということでした。職種を転々としていても、通っている軸が見えれば強い。逆に、立派な経歴でも点がバラバラだと、どう評価していいか分かりません。

やることは、藤井風さんと同じです。場所を決めて、形式を決めて、反応が無い時期も積む。ぼくがブログを書き続けているのも、この考え方が理由です。市場価値の話にも書きましたが、市場価値は、瞬間ではなく蓄積で決まります。

よくある質問

藤井風さんはいつからYouTubeに投稿していたのですか

2010年、小学6年生の12歳のときからです。最初の投稿はコブクロさんの「STAY」のピアノ演奏で、いまも公式チャンネルに残っており、128万回以上再生されています。本人によれば、この最初の動画は父親が勝手に投稿したものだったといいます。

デビュー前から人気があったのですか

ありました。オリジナル曲をリリースする前の2019年7月に開催した初のワンマンライブは、追加公演を含めて全公演が完売しています。約10年分のカバー動画の蓄積が、デビュー前からファンを作っていたことになります。

この積み上げ方は、誰でも真似できますか

やり方は単純ですが、実行は難しいです。反応が無い期間に耐える必要があるからです。ポイントは、場所を移さないこと、形式を変えないこと、そして短期の成果で判断しないことです。この3つが揃うと、蓄積が一本の線として見えるようになります。

なぜ同じスタイルを続けることが大事なのですか

形式が同じだと、時間による変化が見えるためです。上達や深まりが一本の線になり、物語として受け取られます。形式まで変えてしまうと、作品が点として散らばり、蓄積が積み上がりません。

まとめ

藤井風さんの本当の強さは、歌のうまさではなく、12歳から同じ場所で、同じスタイルで、10年積み続けたことにあります。だから発見された日に、10年分がまとめて効きました。

目立たない時期は、無駄ではありません。それは、見つけてもらう日のための資産づくりです。そしてこの資産は、あとから作ることができません。だからこそ、いちばん強い差になります。

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