サッカーの解説は、本来わかりにくいものです。専門用語が飛び交い、戦術の話になると置いていかれる。ところが、本田圭佑さんの解説だけは違いました。結論から書きます。本田さんの解説が支持されるのは、解説がうまいからではなく、解説をやめているからです。彼は分析ではなく、感想を言っています。そしてそれは、専門性がある人にしかできない選択です。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、専門的な内容をどう伝えるかを仕事にしてきました。その視点から見ると、これは伝え方の教科書です。順番に解剖します。
まず、何が起きたのか
本田圭佑さんは2022年のワールドカップでABEMAのプロジェクトのゼネラルマネージャーに就任し、解説者としても登場しました。そこで生まれたのが、いわゆる本田語録です。
- 「試合出ましょか?」:ドイツ戦で、実況が久保建英選手のプレーに言及した際の返し
- 「ナナフゥン!?」:アディショナルタイムが7分と分かったときの、驚きの声そのもの
- 「ちょ、まだ泣くの早いって」:スペイン戦、勝利が見えてきた場面で
- 「11番がめっちゃウザいんですよ」:2026年、選手を名前ではなく背番号で呼ぶ場面
並べてみると分かります。どれも、分析ではありません。感想です。そして、テレビの解説者が普通は言わない言葉ばかりです。
2026年のワールドカップでも、本田さんは日本代表戦のスペシャルアンバサダーに就任し、変わらぬスタイルで語っています。
なぜ「感想」のほうが届くのか
ここがこの記事の中心です。専門家が専門的に語ると、なぜ届かないのか。
理由は単純で、視聴者が求めているのは情報ではなく、感情の共有だからです。試合を見ている人は、勉強したいわけではありません。興奮したい、驚きたい、誰かと同じ気持ちになりたい。そこに戦術の解説を差し込まれても、感情の流れが止まります。
本田さんがやっているのは、視聴者の感情を先回りして言葉にすることです。アディショナルタイムが7分と出たとき、視聴者の心の中にあるのは分析ではなく「7分!?」という驚きです。その驚きを、そのまま声にする。だから視聴者は、自分の気持ちを代弁されたと感じます。
マーケティングの言葉にすると、これは受け手との同期です。情報を与える関係ではなく、隣で同じものを見ている関係を作っている。関西弁で、しかも敬語を崩して話すのも、その距離感を作る装置です。
ただし、これは誰にでもできる戦略ではない
ここを外すと、この事例を完全に読み違えます。本田さんの感想が価値を持つのは、彼が元日本代表で、ワールドカップで得点を挙げ、欧州のクラブでプレーしてきた人だからです。
同じ「11番ウザい」を、サッカーを知らない人が言っても、ただの雑談です。でも、その11番と実際に戦ってきた可能性のある人が言うと、意味が変わります。言葉は同じでも、後ろにある経験が違う。
つまり構造はこうです。専門性は、言葉の中ではなく、語り手の背後にあります。だから言葉のほうは、いくら崩しても構わない。むしろ崩すほど、背後の専門性との落差が効きます。
| 普通の専門家 | 本田圭佑さんの解説 | |
|---|---|---|
| 言葉 | 専門用語・分析 | 感想・素の反応 |
| 専門性の置き場所 | 言葉の中に見せる | 語り手の経歴に預ける |
| 視聴者との関係 | 教える人と教わる人 | 隣で一緒に見ている人 |
| 生まれるもの | 理解 | 共感と、切り取られる言葉 |
語録は、なぜ勝手に広がるのか
もうひとつ見逃せないのが、言葉の形です。本田語録は、どれも短くて、文字にしても伝わります。
これは拡散にとって決定的です。長い分析はSNSで共有されません。切り取れないからです。でも「ナナフゥン!?」は、たった6文字で再現できます。再現できる言葉は、他人の口を借りて広がります。
ぼくが代理店時代に痛感したのは、伝わるかどうかは内容の正しさではなく、他人が繰り返せる形かどうかで決まる、ということでした。本田さんの言葉は、狙って作っているというより、素の反応がたまたまその形をしています。だから、わざとらしさがない。
ここは、モナキの記事で書いた参加設計とも共通します。人が真似しやすい形をしているものが、結局いちばん遠くまで届きます。
広告屋から見た、いちばんの学び
企業の情報発信は、たいてい逆をやっています。専門性を、言葉の中で証明しようとする。難しい言葉を使い、網羅的に説明し、正確さを優先する。その結果、誰も最後まで読みません。
本田さんの解説が教えてくれるのは、順番が逆だということです。専門性は経歴や実績に預けてしまって、言葉は徹底的に崩していい。むしろ、崩せるのは専門性がある人の特権です。
これは、森香澄さんの記事で書いた構造とまったく同じです。入口は誰にでも分かる形にして、差は真似できない中身のほうに置く。分野は違っても、強い人は同じことをやっています。
自分の仕事に引き寄せると
この考え方は、そのまま仕事で使えます。社外へのプレゼンでも、社内の説明でも同じです。
専門職の人ほど、専門用語で話したくなります。そのほうが正確だからです。でも、聞き手が求めているのは正確さではなく、分かることと、一緒に考えてもらえる感覚です。難しく話すのは、実は簡単です。難しいことを普通の言葉で話すほうが、はるかに難しい。
ぼくが採用の面接をしていたときも、評価が高かったのは、専門的な仕事を専門用語なしで説明できる人でした。用語に頼らずに説明できる人は、本当に理解しています。この話は市場価値の記事にも書きました。
よくある質問
本田圭佑さんの解説は、なぜ人気なのですか
分析ではなく感想を言っているためです。視聴者が試合中に感じている驚きや興奮を、そのまま言葉にすることで、教える関係ではなく一緒に見ている関係を作っています。関西弁や崩した話し方も、その距離感を作る要素になっています。
有名な本田語録にはどんなものがありますか
ドイツ戦での「試合出ましょか?」、アディショナルタイムが7分と分かったときの「ナナフゥン!?」、スペイン戦での「ちょ、まだ泣くの早いって」などがあります。2026年のワールドカップでも、選手を背番号で呼んで「11番がめっちゃウザいんですよ」と話すなど、スタイルは変わっていません。
この話し方は、誰でも真似できますか
言葉だけを真似すると失敗します。本田さんの感想に価値があるのは、元日本代表として世界で戦ってきた経験が背後にあるからです。専門性を経歴に預けているからこそ、言葉を崩せます。実績がないまま言葉だけ崩すと、ただの雑談になります。
企業の発信にも応用できますか
できます。要点は、専門性を言葉の中で証明しようとしないことです。実績や経歴で信頼を担保したうえで、説明そのものは徹底的にやさしくする。加えて、短くて繰り返せる言葉を持つと、他人の口を通じて広がります。
まとめ
本田圭佑さんの解説は、解説の放棄に見えて、実は高度な選択です。専門性を経歴に預け、言葉は視聴者と同じ高さまで下ろす。その落差が、親近感と信頼を同時に生んでいます。
そして語録は、短くて再現できる形をしているから、勝手に広がります。難しく話すことは簡単です。難しいことを普通の言葉で話せる人が、いちばん遠くまで届きます。