読まれる文章と読まれない文章の分かれ目は、冒頭200字にある
読まれる文章と読まれない文章を分けているのは、文章力ではありません。書き出しの200字です。ぼくは博報堂とアクセンチュアで20年近く、企画書や広告のことばを書いてきました。独立してからは、ブログとnoteとSNSで数百本の文章を出しています。その全部を振り返って確信しているのは、冒頭でつまずいた文章は、どれだけ本文を磨いても読まれなかった、ということです。
裏づけになる数字もあります。ニールセン・ノーマン・グループの調査では、読者がWebページで実際に読むのは、多くても全体の28%程度とされています。「文章は中身が大事」と信じて、ぼくらは本文を磨きます。でも読者は、その中身にたどり着く前にいなくなっています。この記事では、なぜ勝負が冒頭200字で決まるのか、そしてそこに何を置けばいいのかを書いていきます。
なぜ200字なのか
200字という数字には根拠があります。スマホの1画面です。スクロールせずに目に入る文章量が、だいたい200字。読者はそこで「読む」か「閉じる」かを決めていて、次の1画面は約束されていません。
多くの人は、書き出しを挨拶だと思っています。「はじめまして」「今日は〜について書きます」「最近こんなことがありました」。でも読者にとっての冒頭200字は、挨拶ではなく契約です。この先の3分を差し出すかどうかを決める、無言の契約。ニールセン・ノーマン・グループの視線調査では、読者はページをF字型に走り読みし、下に行くほど読む量が減っていくことも分かっています。ぼくらが奪い合っているのは読者のお金ではなく、可処分時間のほうです。その入札が、最初の1画面で行われています。
読まれない文章は、下手なのではなく「遅い」
読まれない文章の9割は、下手なのではありません。遅いだけです。本題に入るのが遅い。「なぜこの話をするかというと」と前置きが続く。背景の説明が3段落ある。学校で習った起承転結に従えば、本題は「転」まで来ません。文章の設計としては誠実です。でも、読者の親指は画面の上で、常にスクロールの準備をしています。
遅さの正体は、不真面目さではなく真面目さです。順を追って丁寧に説明したい。誤解のないように背景から話したい。その誠実さが、いちばん大事な一文を文章の奥深くに埋めてしまいます。読者は、埋まっている宝物を掘ってはくれません。
ぼく自身、この癖で後悔したことがあります。独立2年目、クライアントへの提案書を作り込みすぎていました。丁寧な市場分析から始まる何十ページの資料。でも相手が求めていたのは、3行でわかる判断材料でした。読み手が欲しいのは網羅ではなく、判断材料。提案書も記事も、ここはまったく同じです。
冒頭200字には何を置けばいいのか
答えを先に書くと、結論と、一番面白いことです。置くものと置かないものを整理すると、こうなります。
| 冒頭200字に置くもの | 冒頭200字に置かないもの |
|---|---|
| 結論(この記事を読むと何が分かるか) | 挨拶・自己紹介 |
| 一番面白いエピソードか数字 | 「なぜこの話をするか」の前置き |
| 読者が自分の話だと気づく一文 | 市場動向・背景の説明 |
| 読み終えたあとの変化 | 用語の定義 |
右の列が悪い内容だという話ではありません。置く場所が冒頭ではない、というだけです。順番に説明します。
「前置き→本題」ではなく「本題→補足」の順に入れ替える
やることはシンプルで、順番を入れ替えるだけです。結論、根拠、背景。この順に並べ直します。書き終えた下書きの3段落目あたりを見てほしいのです。多くの場合、そこに本当の書き出しが埋まっています。ぼくも下書きの1〜2段落目を丸ごと削って、3段落目を先頭に持ってくることがよくあります。前置きは、書いている本人のウォーミングアップであって、読者のためのものではありませんでした。
一番面白いことを、最初に使ってしまう
とっておきの話は、最後に置きたくなります。クライマックスは後半に、伏線を回収して最後に「なるほど」と言わせたい。でも、読まれなければクライマックスは存在しないのと同じです。
映画の予告編を思い出してほしいのです。あれは本編のいちばんいいシーンを、惜しげもなく最初に見せます。ネタバレの一歩手前まで見せるから、本編を観たくなる。文章も同じで、一番面白いことを冒頭で使ってしまう勇気が、読者を本文まで連れていきます。「最初に出したら後が続かない」と不安になりますが、実際は逆でした。一番面白いことを最初に置くと、それを説明するために残りの文章が自然に決まっていきます。冒頭は消費ではなく、文章全体の設計図になります。
長い背景説明は、エピソードかセリフで包む
どうしても背景の説明が必要なら、エピソードかセリフで包みます。「これ、業務日誌ですね」とエージェントに言われた、の一言から始まる転職の話は、市場動向の説明から始まる話より、ずっと遠くまで読まれます。文章の型については売れる文章の構造を解説した記事にも書いているので、あわせて読んでもらえたらと思います。
見出しの直後にも「小さな200字」がある
冒頭200字を乗り越えても、油断はできません。読者は各見出しの直後でも、同じ判断を繰り返しています。見出しを読む。最初の1〜2文を読む。続きを読むか、次の見出しに飛ぶか決める。つまり文章の中には、小さな冒頭200字が何個も埋まっています。
だから、各セクションの最初の一文も、結論から入ります。「ここからは背景を説明します」と書いた瞬間、そのセクションは飛ばされます。見出しで問いを立てたなら、直後の一文で答えを言い切る。深掘りはそのあとで十分間に合います。この記事の各見出しの直後も、そう作っています。
全部伝えようとした瞬間、文章は死ぬ
ここまで書いて、ひとつ付け加えたくなりました。冒頭に全部を詰め込めばいい、という話ではありません。
全部伝えようとした瞬間、その文章は死にます。200字に説明を詰め込むのではなく、一番伝わる一点だけを置いて、あとは想像させる。人は解釈の余地に出会うと、自分の経験で勝手に補完します。その瞬間、言葉は他人の情報から「自分の物語」に変わります。伝えるとは、埋めることではなく、想像させること。就活の記事で「自分の言葉にする」ことについて書いたときも、根っこにあったのはこれと同じ話でした。
書く技術は、マーケティングの技術そのもの
テクニックの話をしてきましたが、書きながら自分でひっかかっていました。これは本当に、文章術の話だろうか。
読者には、ぼくの文章を読まない自由があります。その人の3分は、その人の人生の3分です。冒頭200字を磨くのは、読者を引き止める罠を仕掛けることではなく、「あなたの時間を無駄にしません」と最初に宣言すること。つまり、読み手への敬意の設計です。
そしてこれは、そのままマーケティングの定義でもあります。生活者の時間と注意には限りがあって、その中で「読む価値がある」と一瞬で伝わる形に編集する。サウナが「ととのう」という言語化で市場を作った話を書いたときも思いましたが、言葉の設計は市場そのものを動かします。このあたりの「伝わる仕組み」の全体像は、有料noteのマーケティングの正体に体系としてまとめているので、書く技術の先まで知りたい人はそちらへどうぞ。
読まれる文章と読まれない文章の分かれ目は、文章力ではなく、読者の時間をどれだけ本気で尊重しているか。ぼくはこれからも、本文より先に、最初の200字に時間をかけていきたいと思っています。
よくある質問
冒頭200字には具体的に何を書けばいいですか
結論と、この記事でいちばん面白いことの2つです。「この記事を読むと何が分かるか」を最初の2〜3文で言い切り、可能なら一番強いエピソードや数字をそこに置きます。前置き・自己紹介・背景説明は冒頭に置きません。書き終えた下書きの3段落目に本当の1行目が埋まっていることが多いので、1〜2段落目を削って3段落目を先頭に出すのが手軽で効果の大きい方法です。
なぜ200字が目安なのですか
スマホの1画面で表示される文章量が、およそ200字だからです。読者はスクロールする前に「読む」か「閉じる」かを判断していて、ニールセン・ノーマン・グループの調査でも、読者がWebページで読む量は全体の2割程度、しかもページの下に行くほど読まれなくなることが示されています。最初の1画面が、その先のすべての前提になります。
起承転結で書くのは間違いですか
物語には今も有効な型です。ただ、情報を伝えるWebの文章では、本題が「転」まで来ない構成は遅すぎます。読者は結論を先に知ってから、納得するために根拠と背景を読みます。結論→根拠→背景の順に組み替えて、起承転結は小説やエッセイのために取っておくのが実用的だと思います。
SNS投稿やビジネス文書にも当てはまりますか
当てはまります。むしろ短い媒体ほど効きます。Xの投稿なら1行目のフック、メールなら件名と最初の2行、提案書なら表紙の次の1枚です。ぼくは提案書を作り込みすぎて後悔した経験から、いまは「相手が3行で判断できるか」を先に考えるようにしています。読み手が最初の数秒で価値を判断する構造は、媒体が変わっても同じです。