最終更新:2026年10月6日
心理的安全性とは、「このチームでは、対人関係のリスクを取っても大丈夫だ」とメンバーのあいだで共有されている状態のことです。ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)が1999年の論文で定義し、Googleが社内調査「プロジェクト・アリストテレス」で効果的なチームの条件の筆頭に挙げたことで広く知られるようになりました。先に結論を書くと、心理的安全性は「ぬるい職場」のことではありません。高い基準を求めたまま、ミスや反対意見を口に出せる状態を指します。この記事では、意味と出典、ぬるま湯との違いを表で整理したうえで、マーケチームでどう作るかまで書いていきます。
心理的安全性とは?意味と「4つの不安」一覧
心理的安全性とは、無知だと思われる、無能だと思われる、邪魔をしていると思われる、ネガティブだと思われる、という4つの不安を抱えずに発言や行動ができるチームの状態です。個人の性格や度胸の話ではなく、チームに共有された空気のほうを指しています。
この4つの不安は、エドモンドソンが講演でも挙げているもので、Googleが公開しているre:Workのガイド「効果的なチームとは何か」を知るでも、心理的安全性の説明に同じ4つが使われています。それぞれの不安が職場でどんな沈黙を生むのかを並べると、次のようになります。
| 不安 | 頭に浮かぶ声 | 起きる沈黙 | 心理的安全性が高いチームの姿 |
|---|---|---|---|
| 無知だと思われる不安 | 「こんなことを聞いたら笑われる」 | 質問しないまま、分からない前提で作業を進める | 前提の確認が、早い段階で気軽に出てくる |
| 無能だと思われる不安 | 「ミスを認めたら評価が下がる」 | ミスや失敗を隠し、報告が遅れる | 悪い数字ほど早く共有される |
| 邪魔をしていると思われる不安 | 「流れを止めたら迷惑だ」 | 新しい提案や違和感を飲み込む | 会議の終盤でも「ちょっと待ってください」が言える |
| ネガティブだと思われる不安 | 「反対すると協調性がないと思われる」 | 懸念を言わず、決まったことに黙って従う | 反対意見が、判断の材料として扱われる |
表を見ると分かるとおり、黙っていることのコストは本人にはほとんど返ってきません。質問しなくても、懸念を飲み込んでも、その場で評価が下がることはまずない。でも発言すれば、笑われたり疎まれたりするリスクがある。だから何もしなければ、チームは自然と黙る方向に傾きます。心理的安全性は、その傾きを打ち消すための土台だと考えると分かりやすいと思います。
心理的安全性の出典──エドモンドソンの論文とGoogleの調査
心理的安全性をチームの成果と結びつく概念として定着させたのは、エドモンドソンが1999年に経営学の学術誌に発表したチームの心理的安全性と学習行動についての論文です。言葉そのものはもっと古く、1965年に組織心理学者のエドガー・シャインとウォーレン・ベニスが、組織変革を論じるなかで使っています。
エドモンドソンがこのテーマにたどり着いたきっかけは、それより前の病院の研究でした。1996年に発表した看護チームの研究で、彼女は「チームワークの良いチームほど投薬ミスが少ないはずだ」と予想していました。ところがデータは逆で、リーダーシップや人間関係の評価が高いチームほど、報告されたミスが多かった。良いチームはミスが多いのではなく、ミスを報告できていたのではないか。この解釈が、のちの心理的安全性の研究につながっていきます。
1999年の論文では、ある製造業の会社の51のチームを調べ、心理的安全性が高いチームほど、助けを求める、フィードバックをもらいにいく、ミスについて話す、新しいやり方を試すといった「学習行動」が多く、その学習行動がチームの成果につながることを示しました。心理的安全性は、それ自体が成果を生むのではなく、学習行動を通して成果に効いてくる。この順番は押さえておきたいところです。
日本でこの言葉が一気に広まったのは、Googleの「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」がきっかけでした。re:Workのガイドによると、Googleはエンジニアリングのチーム115、営業のチーム65、合わせて180のチームを対象に、何が効果的なチームを分けるのかを調べています。そこで見つかった5つの因子は、影響の大きい順に次のとおりです。
| 順位 | 因子 | 中身 |
|---|---|---|
| 1 | 心理的安全性 | リスクのある発言や行動をしても、このチームなら大丈夫だと信じられる |
| 2 | 相互信頼 | メンバーが質の高い仕事を時間内に仕上げると信じられる |
| 3 | 構造と明確さ | 役割・計画・目標がはっきりしている |
| 4 | 仕事の意味 | 仕事そのものや成果に、自分にとっての意味を感じられる |
| 5 | インパクト | 自分の仕事が組織の目標に貢献していると思える |
調査の結論は、誰がチームにいるかより、チームがどう協力しているかのほうが効果性を左右する、というものでした。ただ、この調査は論文としてではなく、実務向けのガイドとして公開された社内調査です。ガイド自身も、Googleで影響が小さかったチームの規模などの変数が、どの組織でも同じとは限らないと断っています。数字の大きさより「誰がいるかより、どう協力しているか」という視点のほうを持ち帰るのが、ちょうどいい距離だと思います。
心理的安全性と「ぬるい職場」の違い──4つのゾーンで見る
心理的安全性とぬるい職場の違いは、仕事の基準の高さにあります。エドモンドソンは2018年の著書「恐れのない組織」(日本語版は2021年、英治出版)で、心理的安全性と仕事の基準の2軸でチームを4つのゾーンに分けました。ぬるい職場は、安全だけれど基準が低い「快適ゾーン」にあたります。
| ゾーン | 心理的安全性 | 仕事の基準 | チームの様子 | マーケ現場で見かける姿 |
|---|---|---|---|---|
| 無気力ゾーン | 低い | 低い | 誰も期待せず、誰も口を開かない | 前年と同じ施策を、誰も疑わずに回し続ける |
| 快適ゾーン(ぬるい職場) | 高い | 低い | 仲は良いが、挑戦も成長も起きにくい | 数字の振り返りが、いつも「次がんばろう」で終わる |
| 不安ゾーン | 低い | 高い | 高い目標と叱責のなかで、問題が隠れる | 目標未達を恐れて、悪い数字の報告が月末まで出てこない |
| 学習ゾーン | 高い | 高い | 高い基準のもとで、失敗や異論が共有される | CPAが悪化した週に、担当者から原因の仮説と次の一手が出てくる |
この表から分かるのは、ぬるさの原因は安全の高さではなく、基準の低さだということです。だから「うちのチームはぬるいから、もっと厳しくしよう」と安全のほうを削ると、学習ゾーンではなく不安ゾーンに移るだけになります。手を入れるべきは基準のほうで、安全はそのまま残しておく。エドモンドソンも同書で、心理的安全性は感じよく振る舞うことでも、基準を下げることでもないと書いています。
もう一つ混同されやすいのが、信頼や仲の良さです。信頼は「自分があの人をどう見ているか」という一対一の感覚ですが、心理的安全性は「このチームで自分がどう扱われるか」についての、チーム全体で共有された感覚です。仲が良くても、上司の前では誰も反対しないチームはあります。逆に、普段は雑談の少ないチームでも、ミスの報告だけは驚くほど早いこともある。
人が会議で黙ってしまう背景には、心理の癖も働いています。発言して失うかもしれないものを、得られるものより重く見積もってしまう。みんなが黙っていると、黙ることが正解に見えてしまう。前者はプロスペクト理論、後者は社会的証明で説明できる動きで、マーケターが知っておくべき10個の心理学的法則で整理しています。心理的安全性は、こうした癖を「気合いで言え」と押し切るのではなく、言うほうが得な環境に変えていく考え方です。
マーケチームで心理的安全性をどう作るか
マーケチームの心理的安全性は、「悪い数字を、誰が、いつ言えるか」で見るのがいちばん実務的です。広告もSNSもABテストも、マーケの仕事は外れることが前提にあります。外れを早く言えるチームは修正も早く、言えないチームは予算を使い切ってから気づきます。
ぼくは博報堂で13年、営業・ストラテジー・クリエイティブ・メディアと、職種の違う人が一つの案件に集まるチームで仕事をしてきました。同じ会議に出ていても、見ているものがまるで違う。だからこそ「生活者から見ると分かりにくくないですか」という一言が出るかどうかで、企画の精度が変わります。アクセンチュアではクリエイティブ部門のマネージャー(Creative Division Manager)として管理職の側に回り、今度は自分がその一言を引き出す立場になりました。そこで迷ったのは、レビューで厳しく指摘することと、言いやすい空気を守ることが両立するのか、ということでした。代理店とコンサルの両方で働いて何が違ったかは博報堂13年、アクセンチュア5年で学んだこと。マーケターとしての2つの転換点にまとめています。
その迷いに答えをくれたのが、先ほどの4つのゾーンでした。厳しさと安全は、同じ軸の両端ではない。基準は高いまま、人ではなく事実に厳しくすればいい。エドモンドソンは「恐れのない組織」で、リーダーがやることを3つに分けています。マーケチームに置き換えると、次のようになります。
| リーダーの行動 | 中身 | マーケチームでの例 |
|---|---|---|
| 土台をつくる | 仕事に不確実さがあること、だから発言が必要なことを先に共有する | 施策を始めるときに「半分は外れる前提です。外れたら早めに教えてください」と言っておく |
| 参加を求める | 自分も分かっていないと認め、問いかけて意見を引き出す | 定例の最後に「この数字で、ぼくが見落としていそうなことはありますか」と聞く |
| 生産的に対応する | 報告や失敗に感謝し、次の一手につなげる | CPAの悪化を報告した人に、原因を問う前に「早く言ってくれて助かります」と返す |
3つめが一番難しく、一番効きます。悪い知らせを持ってきた人への最初の一言で、次に悪い知らせが届く速さが決まるからです。ここで眉をひそめると、次の報告は確実に遅くなります。リーダーが指示する側より支える側に回るという発想は、サーバントリーダーシップの10の特性とも重なります。
今のチームの状態を確かめたいときは、エドモンドソンが1999年の論文で使った7つの設問が手がかりになります。匿名で、それぞれ「そう思う」から「そう思わない」の段階で答えてもらいます。
- このチームでミスをすると、責められることが多い(そう思うほど低い)
- このチームでは、問題や言いにくい話題を持ち出せる
- このチームでは、人と違うことを理由に退けられることがある(そう思うほど低い)
- このチームでは、リスクのある行動をとっても安全だ
- このチームの人には、助けを求めにくい(そう思うほど低い)
- このチームには、わたしの努力を意図的に台無しにする人はいない
- このチームでは、わたしのスキルや才能が評価され、活かされている
点数そのものより、どの設問が低いかを見るほうが役に立ちます。ミスの設問が低いなら報告の受け止め方から、助けの設問が低いなら仕事の割り振り方から手を入れる。2019年に独立して一人法人になってからは、社内に部下はいませんが、クライアントの担当者と進める仕事でも同じことが起きます。外部の人間に悪い知らせを伝えるのは、社内以上に気をつかうものだからです。
日本の職場で心理的安全性を使うときの注意点(2026年時点)
日本で心理的安全性を使うときに一番気をつけたいのは、「叱らない・指摘しない」と取り違えることです。言葉が広まるにつれて、「心理的安全性があるから、厳しいことは言わないでおこう」という使われ方を見かけるようになりました。でもそれは快適ゾーンへの引っ越しであって、エドモンドソンの言う学習ゾーンではありません。
逆向きの誤解もあります。「心理的安全性があるのだから、何を言ってもいい」という使い方です。心理的安全性が守るのは、仕事を良くするための対人リスクであって、相手を傷つける自由ではありません。率直に言えることと、乱暴に言っていいことは別物です。
日本の職場には、黙っていることが協調の証と受け取られやすい空気があります。だから「何かあれば言ってください」と呼びかけるだけでは、たいてい何も出てきません。会議の前に資料へコメントを書いてもらう、全員に一言ずつ順番に聞く、反対意見を言う役を持ち回りにする。発言を本人の勇気に任せず、仕組みで場をつくるほうがうまくいくと思います。
もう一つは、測って終わりにしないことです。先ほどの7つの設問のスコアを人事評価に結びつけると、誰も本当のことを書かなくなります。測定は、チームで話し合うための材料として使うくらいがちょうどいいと思います。評価と結びつけた途端に数字が正直でなくなるのは、OKRの意味とGoogleの達成率60〜70%で書いた目標の運用でも同じです。
転職を考えている人にとっても、心理的安全性は職場を見る物差しになります。面接で「最近うまくいかなかった施策を、チームでどう振り返りましたか」と聞くと、その職場の空気がかなり見えてきます。採用側が候補者のどこを見ているかはマーケターが面接で落ちる理由|採用側が見ていた5つのパターンに書きましたが、面接は候補者が職場を見る場でもあります。
心理的安全性に関するよくある質問
心理的安全性を簡単に言うと何ですか?
このチームなら、質問しても、ミスを認めても、反対意見を言っても大丈夫だと、メンバーが共有している状態です。エドモンドソンは、対人関係のリスクを取っても安全だという、チームで共有された信念と定義しています。個人の度胸ではなく、チームの空気のほうを指す言葉です。
心理的安全性が高いと、ぬるま湯になりませんか?
心理的安全性だけが高く、仕事の基準が低いとぬるま湯になります。エドモンドソンはこれを「快適ゾーン」と呼び、目指すべきは安全も基準も高い「学習ゾーン」だとしています。ぬるさを直したいときは、安全を削るのではなく、基準を上げるほうに手を入れます。
心理的安全性はどうやって測りますか?
よく使われるのは、エドモンドソンが1999年の論文で使った7つの設問です。「ミスをすると責められることが多い」「問題や言いにくい話題を持ち出せる」などに匿名で答えてもらいます。点数より、どの設問が低いかを見ると、手を入れる場所が分かります。
心理的安全性はリーダーだけが作るものですか?
リーダーの影響は大きいのですが、リーダーだけで決まるものではありません。誰かが質問したとき、ミスを報告したときに、周りのメンバーがどう反応するかでも空気は変わります。リーダーが土台をつくり、メンバーがその土台を使って発言し、受け止め合う。その積み重ねで育っていくものです。
おわりに──ミスが少ないチームより、ミスが早く見えるチーム
エドモンドソンの最初の発見は、良いチームほどミスの報告が多い、という一見あべこべな結果でした。良いチームはミスをしないのではなく、ミスを隠さない。その差が、時間が経つほどチームの実力の差になっていきます。
心理的安全性とは、ミスが起きないことではありません。ミスが早く見えることです。仲の良さでも、優しさの量でもなく、悪い知らせがリーダーの耳に届くまでの速さ。そう定義し直すと、明日の定例で何を変えればいいかが見えてくると思います。もし実務での使い方で迷うことがあれば、ぼくのXアカウント(@yosooi3)に問いかけてもらえれば、できる範囲で答えようと思います。