最終更新:2026年10月17日
決定回避の法則とは、選択肢が多すぎると人は選ぶこと自体をやめたり、選んだあとの満足が下がったりする、という傾向を指す言葉です。24種類と6種類のジャムを並べた実験が有名なので「ジャムの法則」とも呼ばれます。ただ、この効果はその後のメタ分析で「平均するとほぼゼロ」と報告されています。結論から言えば、決定回避は選択肢の数だけで起きる法則ではなく、比較しにくさや迷いやすさが重なったときに起きる現象です。原論文の数字、反証の研究、商品数やプラン数の絞り方まで順に整理します。
決定回避の法則とは?ジャムの法則・選択過多との関係と一覧
決定回避の法則とは、選べる選択肢が増えるほど、決める行動が先送りされたり、選んだものへの満足が下がったりする傾向のことです。研究の世界では「選択過多」(choice overload)と呼ばれるのが一般的です。
同じ現象に、いくつもの呼び名がついています。検索で出てくる言葉を整理すると、次のようになります。
| 呼び名 | 指しているもの | 出どころ |
|---|---|---|
| 決定回避の法則 | 選択肢が多いと決めるのを避ける傾向 | 日本で広まった呼び名。誰がいつ名づけたかははっきりしない |
| ジャムの法則 | 同じ傾向を、有名な実験にちなんで呼んだもの | アイエンガーとレッパーのジャム実験(2000年) |
| 選択過多(choice overload) | 研究上の名前。満足の低下や先送りなどをまとめて扱う | 心理学・消費者行動の研究 |
| 選択のパラドックス | 選択の自由が増えるほど幸福感が下がりうる、という議論 | バリー・シュワルツ「なぜ選ぶたびに後悔するのか」(原著2004年) |
近い心理効果との違いも押さえておきます。デフォルト効果は「何もしなければ選ばれる初期設定」に人が流れる傾向で、選択肢が多くて決めきれないときほど強く働きます。詳しくはデフォルト効果とは?例と臓器提供の研究、オプトアウトの倫理に書いています。三つの価格帯を並べると真ん中が選ばれやすい松竹梅の法則(極端回避性)は、選択肢の「数」ではなく「並べ方」の効果なので、決定回避とは別のものです。
もう一つ、生活者が実際に比べている候補は、売り場に並んだ全部ではありません。頭に浮かぶ数個の候補の中で選んでいます。この「頭の中の候補」の考え方はエボークトセット(想起集合)とは?意味と純粋想起・助成想起の違いで整理しています。決定回避は、この候補が絞れないまま比較を迫られたときに起きやすくなります。
原論文──アイエンガーとレッパーのジャム実験(2000年)
ジャムの法則の原典は、シーナ・アイエンガー(Sheena S. Iyengar)とマーク・レッパー(Mark R. Lepper)が2000年に学術誌「ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー」(Journal of Personality and Social Psychology)第79巻6号に発表した論文「When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?」です。論文には3つの実験があり、ジャムはその1つ目です。
実験の場所は、カリフォルニア州メンロパークにある品ぞろえの多さで知られる高級食料品店でした。2週続けて土曜日に試食ブースを出し、1時間ごとに6種類の陳列と24種類の陳列を入れ替えています。試食した人には全員、1ドル引きのクーポンを渡し、そのクーポンが使われたかどうかで購入を数えました。
| 項目 | 24種類の陳列 | 6種類の陳列 |
|---|---|---|
| ブースの前を通った人 | 242人 | 260人 |
| 立ち寄って試食した人 | 60%(145人) | 40%(104人) |
| 試食した人のうち購入した人 | 3%(4人) | 約30%(31人) |
人を集めたのは24種類のほうでした。でも、実際に買ったのは6種類の前で試食した人のほうが多かった。購入の割合は約30%と3%で、よく「購入率が10倍」と言われるのはこの比です。ここで注意したいのは、この割合の分母が「通った人」ではなく「試食した人」である点です。
残り2つの実験も同じ方向の結果でした。大学の授業で加点のつく任意のレポートを募ったとき、テーマを6つから選べた学生は74%が提出し、30から選んだ学生は60%でした。チョコレートの実験では、6種類から選んだ人の48%が謝礼に現金ではなくチョコレートの箱を選んだのに対し、30種類から選んだ人では12%でした。30種類から選んだ人は、選ぶ作業を楽しかったと答えながら、難しく、もどかしかったとも答えています。
アイエンガーは、この研究を一般向けにまとめた本「選択の科学」(文藝春秋、櫻井祐子訳)も出しています。ジャムの話が広く知られたのは、この本や講演を通じてでした。
反証と再現性──メタ分析では「平均するとほぼゼロ」
ジャムの法則には、はっきりした反証があります。ベンジャミン・シャイベヘンネ(Benjamin Scheibehenne)、ライナー・グライフェネーダー、ピーター・トッドが2010年に学術誌「ジャーナル・オブ・コンシューマー・リサーチ」(Journal of Consumer Research)第37巻3号に発表したメタ分析は、選択過多を調べた50の実験(63の条件・参加者5,036人)をまとめ、効果の平均はほぼゼロだったと報告しました。
同じ分析は、研究ごとの結果のばらつきが大きいことも示しています。強い効果が出た研究もあれば、効果のない研究も、選択肢が多いほうが良い結果になった研究もある。決定回避が起きる前提になりそうな条件はいくつか見つかったものの、「この条件がそろえば必ず起きる」と言える条件は特定できませんでした。
その後、アレクサンダー・チェルネフ(Alexander Chernev)らが2015年に学術誌「ジャーナル・オブ・コンシューマー・サイコロジー」に発表した別のメタ分析は、99の観測(参加者7,202人)をまとめ直しました。こちらは、決定回避の強さを左右する条件として4つを挙げています。
| 決定回避を強める条件 | 中身 |
|---|---|
| 選択肢の複雑さ | 選択肢どうしが比べにくい、飛び抜けて良いものがない |
| 決める作業の難しさ | 時間が足りない、比べる項目が多いなど |
| 好みの不確かさ | 自分が何を欲しいのかがまだはっきりしていない |
| 選ぶ目的 | 手間をかけずに早く決めたい、という目的が強い |
チェルネフらは、これらの条件を考慮に入れると、品ぞろえの多さが決定回避を強める効果は有意に表れると結論づけ、先行のメタ分析とは異なる見方を示しました。二つのメタ分析を並べると、問いは「決定回避はあるのか」から「どんなときに起きるのか」へ移っていると言えます。
原論文そのものの規模にも触れておきます。ジャムの実験で購入が確認できた人は、二つの陳列を合わせて35人(31人と4人)でした。結果が誤りという話ではありません。でも、たった2日の1店舗の実験を、あらゆる売り場に当てはまる法則として語るのは、元の研究が言っている以上のことです。
実務での使い方──数を減らす前に、選び方を渡す
決定回避の法則を実務で使うときの要点は、選択肢をやみくもに減らすことではなく、選ぶ人が比べやすく迷いにくい状態を作ることです。メタ分析が示した4つの条件は、そのまま打ち手の一覧として読めます。
| 起きやすい条件 | 売り場・Webでの例 | 打ち手 |
|---|---|---|
| 選択肢が比べにくい | 料金プランごとに比較の軸がばらばら | 比較の軸をそろえ、違いを1行で書く |
| 決める作業が難しい | スマートフォンで移動中に選ぶ | 入口の選択肢は少なく、全商品は一段奥に置く |
| 好みがはっきりしない | 初めて買うカテゴリーの商品 | 「迷ったらこれ」を一つ示す、質問で候補を絞る |
| 早く決めたい | 日用品の買い足し | 前回と同じもの、定番を最初に出す |
手順にすると、まず「誰が選ぶのか」を決めます。初めての人と買い慣れた人では、迷い方がまったく違うからです。選ぶ人を一人に絞って描く方法はペルソナとは?マーケティングでの意味と作り方、ターゲットとの違いに書いています。次に、その人が比べられる軸を二つか三つに決め、全部の選択肢をその軸で並べ直す。最後に、迷った人のための入口を一つだけ用意します。
販促の現場では、せっかくだから全商品を載せたい、という声がよく上がります。載せること自体は悪くありません。ただ、全商品を同じ大きさで並べた時点で、比べる作業はすべて見る人に預けられます。選択肢を残したまま、選び方だけを先に渡す。決定回避への対策は、この順番で考えるのがおすすめです。
もう一つ大事なのは、自分の売り場で本当に決定回避が起きているかを確かめることです。メタ分析が示したとおり、選択肢を減らして売れる場面もあれば、品ぞろえの多さが来店の理由になっている場面もあります。商品数やプラン数を変えるときは、一度に変える場所を絞って比べると、思い込みで品ぞろえを削らずに済みます。比べ方はABテストとは?やり方の手順と有意差の考え方で整理しています。
日本市場・2026年時点での注意点──絞り込みと誘導の境界
選択肢を絞ったり「おすすめ」を示したりするのは、選ぶ人の負担を減らすかぎり問題のない工夫です。ただ、絞り込みや推奨の表示が実際より得だと誤認させたり、根拠のない順位づけになったりすれば、景品表示法の問題になりえます。
消費者庁は有利誤認表示について、価格などの取引条件を実際や競合より著しく有利だと誤認させる表示を禁じていると説明しています。たとえばプランを細かく分けて比較をわざと難しくし、高いプランだけが得に見えるように並べる。あるいは根拠のないまま「一番人気」「満足度No.1」を付ける。どちらも決定回避の心理を逆手に取った誘導です。考え方は優良誤認と有利誤認の違いとは?景品表示法の事例と課徴金とNo.1表示のルールとは?景品表示法の根拠4条件にまとめています。
2026年のいまは、AIのおすすめ機能やチャットでの商品案内が、選択肢を絞る役目を担いはじめています。絞り込みが便利になるほど、何を基準に絞ったのかが見えにくくなる。推奨の基準を一行でも添えておくことが、選ぶ人の信頼を守ることにつながると思います。
決定回避の法則に関するよくある質問
ジャムの法則は嘘なのですか?
原論文の結果がでっち上げという話ではなく、報告された数字はそのとおりです。ただ、2010年のメタ分析では選択過多の効果は平均するとほぼゼロで、研究ごとのばらつきが大きいことが示されました。いつでも起きる法則ではなく、比べにくさや迷いやすさが重なったときに起きる現象と考えるのが実態に近いと思います。
決定回避の法則は英語で何と言いますか?
研究では「choice overload」(選択過多)と呼ばれるのが一般的で、「choice overload effect」と書かれることもあります。シュワルツの本の原題にちなんだ「paradox of choice」(選択のパラドックス)も近い意味で使われます。決定回避の法則やジャムの法則は、日本で広まった呼び名です。
選択肢はいくつまでに絞ればいいですか?
研究で確かめられた「最適な数」はありません。6種類と24種類は、ジャム実験で比べた条件の数にすぎません。数を決める前に、選ぶ人が比べられる軸がそろっているか、迷った人の入口があるかを確かめるほうが先です。
恋愛やマッチングアプリにも決定回避の法則は当てはまりますか?
候補が多いほど決めきれない、という話としてよく語られます。ただ、この記事の範囲では恋愛そのものを対象にした決定回避の研究は確認していません。マーケの研究から言えるのは、自分の好みがはっきりしていないときほど、候補の多さが迷いにつながりやすいことです。
おわりに──選択肢が多いから、選ばれないのではない
ジャムの実験は、選択肢を減らせば売れるという話として広まりました。でも、その後の研究が見せてくれたのは、もっと手前の話です。人は選択肢の多さに負けるのではなく、比べ方が分からない状態に負けている。
だから、品ぞろえを削る前に考えてほしいのは、選ぶ人に何を渡せているかです。比べる軸、迷ったときの入口、絞った理由。それがあれば、選択肢が多いことはむしろ強みになりえます。
選択肢が多いから選ばれないのではない。選び方を渡していないから、選ばれないのです。