最終更新:2026年10月12日
CACとは、Customer Acquisition Cost(顧客獲得コスト)の略で、新しい顧客を一人獲得するのにかかった費用の平均です。計算方法は「獲得にかかった費用の合計 ÷ 新しく獲得した顧客数」。結論から言えば、CACは単独で高い安いを決める数字ではなく、LTV(顧客生涯価値)の内側に収まっているかを確かめる数字です。LTVよりCACが大きくなった瞬間、顧客を増やすほど損が積み上がり、成長は止まります。この記事では、CACの計算式と含める費用、CPAとの違い、回収期間の見方、2026年の日本で使うときの注意点まで順に書いていきます。
CACとは?計算方法と、式に含める費用の一覧
CACの計算式は「一定期間の顧客獲得にかかった費用 ÷ その期間に新しく獲得した顧客数」です。式そのものは単純ですが、分子にどこまでの費用を入れるかで、同じ事業でも数字が倍近く変わります。
分子に入れるかどうかで迷いやすい費用を、一覧にしました。
| 費用の種類 | CACに入れるか | 理由・注意点 |
|---|---|---|
| 広告費(検索・SNS・ディスプレイなど) | 入れる | いちばん目に見える獲得費。ここだけで計算すると「広告CAC」になる |
| 販促費(初回割引・紹介特典・無料体験の原価) | 入れる | 割引は売上から引かれるので見落としやすいが、獲得のために払った費用 |
| マーケティング・営業の人件費 | 入れる(按分) | 既存顧客の対応に使った時間は除き、新規獲得に使った分だけを按分する |
| ツール・外注費(MA、CRM、制作会社など) | 入れる(按分) | 獲得のために使っている割合を決めて按分する |
| 既存顧客向けのサポート・継続施策 | 入れない | 獲得ではなく維持の費用。ここを混ぜるとCACが実態より高く見える |
| 商品の原価・配送費 | 入れない | LTV側(粗利)で差し引く費用。両方に入れると二重に数えることになる |
例で計算してみます。ある月に広告費30万円、獲得にかかわった人件費の按分20万円、ツールと外注の按分5万円を使い、新しい顧客が50人増えたとします。CACは55万円 ÷ 50人で1.1万円です(数字はすべて説明のための架空の例です)。
同じ月の数字を、広告費30万円 ÷ 広告経由で来た25人と計算すれば、広告CACは1.2万円になります。全費用を全顧客で割ったものを「ブレンドCAC」、広告費を広告経由の顧客で割ったものを「広告CAC(ペイドCAC)」と呼び分けることもあります。どちらが正しいというより、何を判断したいかで使い分けるものです。事業全体の採算を見るならブレンドCAC、広告を増やすか止めるかを決めるなら広告CACを見ます。
CACの出典──提唱者ははっきりせず、SaaS投資家の言葉として広まった
CACには「この人が提唱した」と言い切れる考案者は見当たりません。顧客一人を獲得する費用を測る発想自体は、通販やカタログ販売の時代から実務にありました。CACという略語が今の形で広く使われるようになったのは、月額課金のソフトウェア(SaaS)企業を投資家が評価するようになってからです。
よく参照されるのが、ベンチャー投資会社マトリックス・パートナーズのデイヴィッド・スコック(David Skok)が起業家向けのブログで書いたSaaS Metrics 2.0です。スコックはこの記事で、起業家は獲得費をたいてい楽観的に見積もりすぎると指摘し、CACは「すべての費用」を入れて、時期をまたいで同じ基準で計算し続けるべきだという実務家の言葉を紹介しています。広告の出稿費だけを数えて人件費を外すような計算は、まさにここで戒められている数え方です。
同じ記事でスコックは、CACを何か月で回収できるかを目安として挙げ、優れたSaaS企業は5〜7か月ほどで回収していて、12か月を超えると利益が細ると書いています。LTVをCACで割った倍率は3を超えるのがよい、という有名な目安もこの記事が出どころです。ただ、どれもSaaSの投資家が経験から置いた目安で、業種を問わない法則ではありません。倍率の目安の詳しい読み方は、LTVの意味と計算式3種、CACとの関係の記事にまとめました。
CACとCPAの違い・LTVとの関係
CACとCPAの違いは、数える相手と費用の範囲です。CPAは広告で獲得した「成果(アクション)」一件あたりの広告費で、CACは「顧客」一人あたりの獲得費の総額です。資料請求や会員登録を成果に置くと、CPAは安く見えても、顧客になるまでの費用はずっと大きくなります。
| 指標 | 分母(何を数えるか) | 分子(何の費用か) | 見ている範囲 |
|---|---|---|---|
| CPA(顧客獲得単価・成果単価) | 資料請求、登録、購入などの成果の件数 | 主に広告費 | 広告一本、キャンペーン一本の効率 |
| CAC(顧客獲得コスト) | 新しく顧客になった人数 | 広告費+販促費+人件費などの獲得費の総額 | 事業全体の獲得の採算 |
| LTV(顧客生涯価値) | 顧客一人 | その顧客が関係の続く間にもたらす粗利 | 獲得にいくらまでかけてよいかの上限 |
| LTV/CAC | — | LTVをCACで割った倍率 | 1倍を切ると、獲得するほど損をする |
| CAC回収期間 | — | CAC ÷ 顧客一人の月あたり粗利 | 獲得費を取り戻すまでの月数 |
通販のように購入がそのまま顧客化になる事業では、CPAとCACはほぼ同じ数字になります。差が大きく開くのは、成果と顧客のあいだに段階がある事業です。BtoBの現場では、資料請求のCPAが下がったと喜んでいても、商談化や契約までの営業の工数を足すと、契約一件あたりの獲得費は何倍にもなることがよくあります。CPAの見方とROASとの違いは、ROASの計算式とROI・CPAとの違いで例を使って整理しています。
LTVとCACは、片方だけでは判断できない対の数字です。CACが1万円と聞いても、LTVが5,000円なら赤字の獲得で、LTVが5万円なら十分に採算が合います。CACの良し悪しは、いつもLTVとの比較でしか決まりません。
実務でどう使うか──LTVを超えたCACは成長を止める
CACを実務で使うときの問いは一つで、「LTVとCACの関係が崩れていないか」です。LTVよりCACが大きい状態で広告を増やすと、売上は伸びても、顧客が一人増えるたびに損が積み上がります。数字が伸びているように見えるぶん、気づくのが遅れやすい崩れ方です。
検算は、次の順番で進めます。
- CACの分子に入れる費用の範囲を決め、毎月同じ基準で計算する。基準が月ごとに変わると、改善したのか数え方が変わったのか区別できなくなります
- CACを経路ごとに分ける。検索広告、SNS広告、紹介、自然検索など、経路によってCACは大きく違います。全体の平均だけを見ていると、採算の合わない経路が平均に隠れます
- 経路ごとのCACを、その経路から来た顧客のLTVと並べる。安く獲れる経路の顧客ほど早く離れることもあるので、CACだけで経路の優劣を決めないようにします
- 回収期間を計算する。例えば月額3,000円で粗利率80%なら、顧客一人の月あたり粗利は2,400円です。CACが1.1万円なら、回収までおよそ4.6か月かかります(架空の例)
- 回収期間と手元資金を突き合わせる。LTV/CACが良くても、回収までの月数を資金が持ちこたえられなければ、獲得を増やすほど資金が先に尽きます
いちばん起きやすい失敗は、広告費を増やしたときにCACが上がることを想定していないことです。広告は、反応しやすい人から順に届いていきます。予算を倍にしても、獲得できる顧客は倍にはならず、追加分のCACはそれまでの平均より高くなるのが普通です。今月の平均CACが合っているからといって、増額した分まで同じCACで獲れるとは限りません。増額の判断は、平均ではなく「増やした分のCAC」で見ます。
もう一つは、CACを下げること自体が目的になることです。CACは、割引を厚くしたり、条件のゆるい申し込みを増やしたりすれば、すぐに下がります。でも、そうして集まった顧客は早く離れやすく、LTVのほうが先に縮みます。離れていく顧客の割合の測り方は、チャーンレートとは?解約率の計算方法と目安、顧客・収益チャーンの違いで書いています。CACを下げた月は、同じ月に獲得した顧客がその後どれだけ残ったかまで見て、初めて改善だったと言えます。獲得した月ごとに顧客の残り方を追う見方は、F2転換率の計算方法と目安の考え方の記事が参考になると思います。
日本市場・2026年時点でのCACの注意点
2026年の日本でCACを見るときに気をつけたいのは、業界の平均値を探して自社と比べようとしないことと、「無料で来ていた顧客」の費用が上がり始めていることの二つです。
「顧客獲得コスト 平均」と検索する人は多いのですが、業種・単価・売り方をそろえた、出典のはっきりした日本の平均値は見当たりませんでした。CACは分子にどこまで入れるかで倍近く変わる数字なので、仮に他社の数字が手に入っても、数え方がそろっていなければ比べる意味がありません。比べる相手は、同じ基準で計算した自社の先月と、自社のLTVです。
もう一つは、自然検索やSNSの投稿のように、広告費をかけずに来ていた顧客の扱いです。こうした経路の顧客は、ブレンドCACを押し下げてくれます。でも、その経路は細り始めています。たとえば米国のSEOツール会社アーレフス(Ahrefs)が30万キーワードを調べた分析では、検索結果にAIによる要約(AI Overview)が表示されると、1位のページのクリック率が約58%下がったと報告されています。無料の流入が減れば、同じ顧客数を保つために広告に頼る割合が増え、ブレンドCACは上がっていきます。広告CACが変わっていないのにブレンドCACだけが上がり始めたら、それは広告の問題ではなく、無料の経路が細っているサインかもしれません。
だから、2026年のCACは、広告のCACだけでなく、紹介や指名検索のように「顧客が顧客を連れてくる経路」が全体の何割を占めているかと一緒に見ておきたいところです。この割合が高いほど、広告の単価が上がっても全体のCACは崩れにくくなります。
CACに関するよくある質問
CACとCPAは何が違いますか?
CPAは広告で得た成果一件あたりの広告費、CACは顧客一人を獲得するのにかかった費用の総額です。CPAは資料請求や会員登録も成果に数えますが、CACは実際に顧客になった人だけを数え、人件費や販促費も含めます。成果から顧客になるまでに段階がある事業ほど、二つの数字は大きく離れます。
CACの計算に人件費は含めますか?
事業全体の採算を見るなら、含めるのが基本です。マーケティングや営業の人件費のうち、新規獲得に使った分を按分して入れます。広告の増減を判断したいときは、広告費だけで計算した広告CACを別に持っておくと使い分けやすくなります。
CACはいくらくらいが目安ですか?
金額としての目安はなく、LTVとの比較で決まります。よく知られているのは、SaaSの投資家デイヴィッド・スコックが挙げた「LTV/CACが3倍以上」「12か月以内に回収」という目安ですが、これは月額課金のソフトウェア企業を見るための経験則です。自社の基準は、粗利と回収期間と手元資金から逆算するのが確実です。
CACを下げるにはどうすればいいですか?
経路ごとにCACを分けて、採算の合わない経路を止め、合う経路に寄せるのが最初の一手です。紹介や口コミのように顧客が顧客を連れてくる経路を太くすると、全体のCACは下がりやすくなります。割引を厚くして下げたCACは、顧客が早く離れてLTVが縮むことがあるので、獲得後の残り方と一緒に確かめます。
おわりに──CACは、下げる数字ではなくLTVの内側に収める数字
CACの話になると、どうしても「どうやって下げるか」に議論が寄っていきます。でも、CACが1万円でも採算の合う事業はあるし、3,000円でも赤字の事業はあります。数字の大きさそのものには、意味がありません。
意味を持つのは、LTVとの位置関係だけです。LTVの内側にCACが収まっているあいだは、獲得するほど事業は育ちます。外にはみ出した瞬間から、獲得するほど事業は痩せていきます。
CACは、下げる数字ではなく、LTVの内側に収める数字。
広告費を増やすかどうか迷ったときは、平均のCACではなく、増やした分のCACがまだLTVの内側にあるかを、一度確かめてみてほしいと思います。