最終更新:2026年10月17日
NRR(ネットレベニューリテンション)とは、ある時点で契約していた既存顧客からの売上が、一定期間のあとにどれだけ残り、どれだけ増えたかを示す割合で、日本語では売上継続率とも呼ばれます。耳栓の遮音性能を表すNRRや、TRPGの用語として調べている人もいるかもしれませんが、この記事で扱うのはSaaS・BtoBビジネスの売上の指標です。結論から言えば、NRRは「新規の顧客がゼロでも、売上は伸びるか」を一つの数字で答える指標で、100%を超えていれば既存顧客だけで売上が増えています。基本の計算方法は「(期首の既存顧客の売上+拡大−縮小−解約)÷ 期首の既存顧客の売上 × 100」です。似た言葉のリテンション率が「顧客が何人残ったか」を数えるのに対し、NRRは「売上がいくら残り、増えたか」を数えます。計算式と例、GRRとの違い、目安の出どころ、実務での読み方まで順に書いていきます。
NRRとは?計算式とGRR・拡大・縮小・解約の一覧
NRRとは、期首にいた既存顧客の売上を100としたとき、期末にその同じ顧客から入ってくる売上がいくつになったかを表す割合です。期間中に獲得した新規顧客の売上は、分子にも分母にも入れません。
NRRを組み立てる要素は4つです。期首の売上に、増えた分(拡大)を足し、減った分(縮小と解約)を引きます。拡大を入れずに計算したものがGRR(グロスレベニューリテンション)です。
| 要素 | 意味 | NRRへの入り方 | GRRへの入り方 |
|---|---|---|---|
| 期首の売上 | 期首に契約していた顧客の月額(または年額)の売上 | 分母 | 分母 |
| 拡大(エクスパンション) | 上位プランへの移行、利用量やライセンス数の追加、別商品の追加購入 | 足す | 入れない |
| 縮小(コントラクション) | 下位プランへの移行、ライセンス数の削減 | 引く | 引く |
| 解約(チャーン) | 契約をやめた顧客の売上 | 引く | 引く |
| 新規顧客の売上 | 期間中に新しく契約した顧客の売上 | 入れない | 入れない |
式にすると、NRR=(期首の売上+拡大−縮小−解約)÷ 期首の売上 × 100、GRR=(期首の売上−縮小−解約)÷ 期首の売上 × 100 です。GRRは拡大を足さないので、100%を超えることはありません。
具体的な数字で計算してみます。以下はすべて説明のための架空の例です。
| 項目(例・架空の数字) | 金額(月額) | 計算 |
|---|---|---|
| 1年前に契約していた顧客の売上(期首) | 1,000万円 | 分母 |
| その顧客の上位プラン移行・ライセンス追加 | +180万円 | 拡大 |
| その顧客のプラン変更・ライセンス削減 | −40万円 | 縮小 |
| その顧客のうち解約した分 | −60万円 | 解約 |
| 1年のあいだに増えた新規顧客の売上 | (+200万円) | 計算に入れない |
| NRR | 108% | (1,000+180−40−60)÷ 1,000 |
| GRR | 90% | (1,000−40−60)÷ 1,000 |
この例では、既存顧客の売上の1割は縮小と解約で失われています(GRR90%)。それでも残った顧客の利用が広がったので、既存顧客だけで見た売上は1年前より8%増えました(NRR108%)。新規の200万円は会社全体の売上を押し上げていますが、NRRの計算からは外します。外すことで、獲得の勢いに隠れていた既存顧客の動きだけが見えるようになります。
NRRの出どころと目安──「100%・110%・120%」は投資家の物差し
NRRという指標を特定の誰かが提唱したという一次出典は見当たりません。月額や年額で課金するSaaS企業が、新規獲得とは別に既存顧客の売上の伸びを示す数字として使い始め、投資家や上場企業の開示を通じて広まった指標です。呼び名もネットダラーリテンション(NDR)など会社によって違い、計算の細かい決まりも統一されていません。
目安としてよく引かれるのが、ベンチャー投資会社ベッセマー・ベンチャー・パートナーズ(Bessemer Venture Partners)のレポートState of the Cloud 2023です。資金調達の目安として、NRRは100%で良い、110%でより良い、120%以上で最良としています。ただし同じレポートは、この目安は事業の段階や、中小企業向け・中堅企業向け・大企業向けといった顧客層の違いで上下しうるとも添えています。
実際の分布を示したデータもあります。SaaS企業向けの融資を手がけるSaaS Capitalが、1,000社を超える非上場のBtoB SaaS企業から回答を集めた2025年のリテンション調査では、NRRの中央値は101%、GRRの中央値は91%でした。契約の形ごとの数字も載っています。
| 契約の形(SaaS Capital 2025年調査) | NRRの中央値 | GRRの中央値 |
|---|---|---|
| 全体 | 101% | 91% |
| 複数年契約 | 103% | 94% |
| 年間契約 | 101% | 90% |
| 月ごとの契約 | 100% | 89% |
同じ調査では、契約単価が年25万ドルを超える企業のGRRの中央値は95%、それ未満の企業は約91%とされています。単価の大きな顧客ほど、離れにくく、広がりやすい。投資家の言う「120%以上」は、非上場企業の真ん中あたりから見るとかなり高い水準だと分かります。
日本の上場企業でも、決算説明資料でNRRを開示する会社があります。たとえば東証グロース上場のドリーム・アーツは、2026年12月期第2四半期決算説明資料(2026年8月14日)で、ホリゾンタルSaaSのNRRを115.1%と開示しています。定義は「1年前(2025年6月)時点の利用企業の月額利用料が、1年後(2026年6月)に変化した割合」です。業種や価格帯をそろえた日本のSaaS全体の平均値は、ぼくが調べた範囲では出典のあるものが見当たりませんでした。
NRRとGRR・チャーンレート・リテンション率の違い
NRRは、既存顧客の「売上」を、増えた分も含めて見る指標です。同じ既存顧客を見る指標でも、人数で数えるか金額で数えるか、増えた分を足すかどうかで、名前と意味が変わります。
| 指標 | 数えるもの | 拡大を足すか | NRRとの関係 |
|---|---|---|---|
| NRR(売上継続率) | 既存顧客の売上 | 足す | 100%を超えうる |
| GRR(グロスレベニューリテンション) | 既存顧客の売上 | 足さない | 最大100%。NRRとの差が拡大の大きさ |
| ネット収益チャーンレート | 失った売上から増えた売上を引いた分 | 差し引く | 同じ期間・同じ数え方なら「100%−NRR」 |
| 顧客チャーンレート(解約率) | 解約した顧客の人数 | 関係しない | 人数の話なので、NRRが高くても解約率が高いことはある |
| リテンション率(継続率) | 残った顧客の人数 | 関係しない | 顧客チャーンレートの裏返し。金額ではなく人数で見る |
いちばん混同されやすいのは、NRRとチャーンレートの関係です。チャーンレートは失ったほうを数え、NRRは残って増えたほうを数えます。ネット収益チャーンが−8%なら、NRRは108%です。チャーンの種類と計算方法はチャーンレートとは?解約率の計算方法と目安、顧客・収益チャーンの違いに詳しく書いたので、この記事では金額の伸びの側に絞ります。
NRRとGRRは、二つ並べて初めて意味がはっきりします。同じNRRでも、中身がまるで違うことがあるからです。以下も架空の例です。
| 例(架空・期首の売上1,000万円) | A社 | B社 |
|---|---|---|
| 拡大 | +80万円 | +300万円 |
| 縮小+解約 | 0円 | −220万円 |
| NRR | 108% | 108% |
| GRR | 100% | 78% |
A社は誰も離れず、少しずつ利用が広がっています。B社は一部の顧客が大きく伸びる裏で、2割を超える売上が抜けています。NRRだけを見ると同じ成績ですが、B社は伸びている顧客の勢いが止まった瞬間に、売上が目に見えて減り始めます。NRRは拡大で解約を隠せる数字なので、GRRと並べて読むのが基本です。
NRRは、LTV(顧客生涯価値)とも直接つながっています。既存顧客の売上が年々増えるなら、一人の顧客が関係の続くあいだにもたらす売上も大きくなるからです。LTVの計算式はLTVとは?マーケティングでの意味と計算式3種で整理しています。
実務でどう使うか──NRRとGRRを並べて、伸びの中身を分ける
NRRを実務で使うときは、数字の高さを誇るより先に、伸びの中身を「残った力」と「広がった力」に分けて読みます。GRRが残った力、NRRとGRRの差が広がった力です。どちらが弱いかで、手を打つ場所が変わります。
- NRRとGRRを同じ期間・同じ定義で出す。期首にいた顧客だけを対象にし、新規の売上を混ぜていないかを確かめます
- GRRが低ければ、解約と縮小の理由から見る。使い始めでつまずいているのか、価格に見合わなくなっているのかで、打ち手は別物です
- NRRとGRRの差が小さければ、広がる道があるかを見る。上位プランや追加の利用に進む理由が、顧客の側から見て用意されているかどうかです
- 顧客を規模や業種で分けて出す。全体のNRRが同じでも、大口顧客の伸びが小口顧客の解約を覆い隠していることがあります
- 月ごとの推移で見る。四半期や年に一度だけ見ると、悪化に気づくのが半年以上遅れます
BtoBの現場で見ていて感じたのは、新規の受注は会議で何度も語られるのに、既存顧客の売上の増減は持ち主が曖昧になりやすいことです。新規は営業の数字、解約はサポートの数字、追加の購入はまた別の部署の数字、という具合に分かれてしまう。NRRは、その散らばった数字を「既存顧客の売上」という一つの器に戻すための指標でもあると思います。その器を契約後に担う仕事がカスタマーサクセスです。
拡大の打ち手を考えるときは、売りつける発想から入らないことが大切です。顧客が使いこなして成果が出た結果として、もっと使いたくなる。その順番が逆になると、拡大で上げたNRRは翌年の解約になって返ってきます。既存顧客への追加提案の型はクロスセルとアップセルの違いと使い方に書きました。
月次と年次の換算にも注意がいります。月次のNRRが101%でも、年次のNRRは101%にはなりません。単純に12か月分を掛け合わせると約112.7%ですが、これは毎月同じ動きが続いた場合の計算です。年次のNRRは、1年前にいた顧客を1年追いかけて直接出すほうが確実です。
日本市場・2026年時点でのNRRの注意点
2026年の日本でNRRを読むときにいちばん気をつけたいのは、会社によって定義が違うことです。上場企業の開示でも、月額利用料で見るのか年間の契約額で見るのか、比べるのが1年前か前の四半期か、対象をどの事業に絞るのかがそろっていません。他社の数字と比べる前に、注記の定義を必ず読む必要があります。
次に、値上げで上がったNRRと、利用が広がって上がったNRRを分けて見ることです。SaaS Capitalの調査の定義では、NRRには追加購入だけでなく値上げによる増加も含まれます。料金を改定した年は、顧客の使い方が何も変わっていなくても、値上げの分だけNRRが上がって見えます。顧客が価値を感じて広げた売上と、価格改定で増えた売上は、翌年の解約のしやすさがまるで違います。社内では、拡大の内訳を「プラン移行・利用量の増加・価格改定」に分けておくと読み違えにくくなります。
中小企業や個人事業主向けのサービスでは、NRRが100%を下回るのは珍しくありません。SaaS Capitalの調査でも、月ごとの契約のGRRの中央値は89%です。単価が小さく、利用量が広がる余地も限られる商品で、大企業向けSaaSと同じ「120%」を目標にすると、無理な追加販売に走ることになります。比べる相手は他社の平均ではなく、同じ数え方で計算した自社の過去の数字です。
もう一つは、料金の形がNRRの出方を決めることです。利用量に応じて課金する料金体系では、顧客の事業が伸びれば自然にNRRも上がり、景気が冷えれば下がります。月額の固定料金なら、NRRは上位プランへの移行でしか動きません。サブスクリプションの料金の形と特徴はサブスクリプションとは?ビジネスモデルの種類と例を簡単に解説で整理しています。
NRRに関するよくある質問
NRRの計算式を教えてください。
NRRは「(期首の既存顧客の売上+拡大−縮小−解約)÷ 期首の既存顧客の売上 × 100」で計算します。拡大は上位プランへの移行や追加購入、縮小は下位プランへの移行、解約は契約をやめた顧客の売上です。期間中の新規顧客の売上は入れません。
NRRが100%を超えるとはどういう意味ですか?
解約や縮小で失った売上よりも、残った顧客の利用拡大で増えた売上のほうが大きい状態です。新規の顧客を一人も獲得しなくても、既存顧客だけで売上が増えていきます。ネット収益チャーンがマイナスになる「ネガティブチャーン」と同じ状態を、残ったほうから見た表現です。
NRRとGRRの違いは何ですか?
NRRは既存顧客の売上に拡大の分を足して計算し、GRRは拡大を足さずに縮小と解約だけを引いて計算します。そのためGRRは100%を超えません。NRRは拡大で解約を隠せる数字なので、二つを並べて、残った力と広がった力を分けて読むのが基本です。
NRRの目安はどのくらいですか?
投資会社ベッセマー・ベンチャー・パートナーズは、NRR100%を良い、110%をより良い、120%以上を最良としています。SaaS Capitalの2025年の調査では、非上場のBtoB SaaS企業のNRRの中央値は101%でした。業種や価格帯で水準が大きく変わるので、自社の過去の数字と同じ定義で比べるのが確実です。
おわりに──NRRは、新しく売った数ではなく、売ったあとに育てた数
売上の会議では、どうしても新規の数字に目が向きます。何社と契約したか、受注がいくら増えたか。わかりやすく、拍手も起きやすい数字です。
でも、NRRが映しているのは、その拍手のあとの時間です。契約した会社が実際に使い始め、成果が出て、もう少し広く使おうと決めてくれたかどうか。そこには派手な瞬間はなく、毎月の小さな手当ての積み重ねだけがあります。
NRRは、新しく売った数ではなく、売ったあとに育てた数。
新規の獲得に予算を足したくなったときは、その前に一度、1年前の顧客がいま何をしているかを見てほしいと思います。売ったあとの仕事を数字で見られるようになると、営業とマーケとサポートの会話が、同じ一つの数字の上でできるようになります。