恋愛リアリティーショーは、見始めると止まらなくなります。しかも、見ている自分に少し呆れながら見てしまう。あの感覚には、はっきりした理由があります。結論から書きます。恋愛リアリティーショーが強いのは、恋愛を見せているからではなく、人の本音が漏れる瞬間を、安全な場所から見られるように設計されているからです。そして、その設計はSNSと組み合わさることで完成します。
ぼくは博報堂で13年、アクセンチュアで5年、人がなぜそれを選ぶのかを考える仕事をしてきました。広告屋の目で、このジャンルを解剖します。
まず、主要な作品を整理する
ひとくちに恋愛リアリティーショーと言っても、性格がかなり違います。配信先ごとに、住み分けがはっきりしています。
| 作品 | 配信 | 形式 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 今日、好きになりました。 | ABEMA | 短期・高校生中心 | 2017年開始で60シーズン超。青春の一瞬を切り取る |
| バチェラー・ジャパン | Amazonプライム | サバイバル型 | 1人の男性を複数の女性が競う。豪華な演出 |
| バチェロレッテ・ジャパン | Amazonプライム | サバイバル型 | 選ぶ側が女性。構図が反転する |
| テラスハウス | Netflix | 共同生活型 | 日常の中の関係を淡々と見せる |
| あいのり | Netflix | 旅型 | 移動しながら関係が変化していく |
| オオカミには騙されない | ABEMA | 推理型 | 嘘をつく人が紛れている。見抜く楽しみが乗る |
| ラブトランジット | Amazonプライム | 元恋人型 | 別れた二人が同じ場所にいる |
並べると分かります。どれも「恋愛」を扱っていますが、売っている感情が違います。青春の眩しさ、勝ち負けの緊張、日常の生々しさ、嘘を見抜く快感、過去との再会。恋愛は器で、中身はそれぞれ別のものです。
ABEMAは累計100本以上の恋愛リアリティーショーを制作しているとされ、「今日、好きになりました。」だけで60シーズンを超えています(出典:アドタイ)。これはもう、単発の企画ではなく産業です。
制作者本人が語る、いちばんの理由
この現象について、いちばん的確なことを言っているのは作り手でした。ABEMAで恋愛リアリティーショーを手がけるプロデューサーの樫尾魁さんは、その醍醐味をこう表現しています。
「本来であれば見えない、あるいは見てはいけないものを見ている感覚」
そして、こう続きます。人は日常で猫をかぶって生きているが、恋愛では本音や本性が出る。その瞬間を、第三者として俯瞰して見守れることに魅力がある、と。
ここに、このジャンルの本質が全部あると思います。視聴者が求めているのは、恋愛そのものではありません。人が取り繕えなくなる瞬間です。
なぜ「本音が漏れる瞬間」が、そこまで強いのか
マーケティングの視点で見ると、これは希少性の話です。
ぼくたちは、加工された情報に囲まれて生きています。SNSの投稿も、広告も、企業の発信も、全部整えられている。整えられた情報が飽和すると、整えられていないものの価値が上がります。
恋愛リアリティーショーは、そこを突いています。編集は入っているし、演出もある。それでも、嫉妬や動揺や気まずさは、演じきれません。「作られている」と分かっていても、漏れる部分がある。その漏れを見に行っているわけです。
これは、企業のブランド発信にも同じことが言えます。完璧に整えた広告より、社員が素で話している動画のほうが伸びる現象が起きています。理由は同じで、取り繕っていない部分にしか、いまは信用が発生しないからです。
構造①:安全な距離が確保されている
次に効いているのが、視聴者の位置です。見ている側は、一切リスクを負いません。
実際の恋愛には、振られる痛みも、時間の消費も、気まずさもあります。でも画面越しなら、それが全部ない。ときめきも、修羅場も、失恋も、コストゼロで味わえます。
広告の仕事では、これを代理経験と呼びます。人は、自分でやるには重すぎることを、誰かがやっているのを見ることで疑似的に体験します。恋愛は、いまの時代いちばん「重い」ものの一つになりました。だから、代わりに見る需要が生まれます。
ここは、少し寂しい話でもあります。恋愛リアリティーショーが伸びている背景には、実際の恋愛が面倒になっているという現実があります。供給が増えているのではなく、需要の形が変わっているわけです。
構造②:判断を求められるから、参加してしまう
もうひとつの仕掛けが、視聴者に判断させる構造です。
この人は本気なのか。あの発言は計算か。誰を選ぶべきか。恋愛リアリティーショーは、常に視聴者に問いを投げています。「オオカミには騙されない」に至っては、嘘つきを見抜くこと自体が番組の骨格です。
ここが、ドラマとの決定的な違いです。ドラマは結末が決まっていて、視聴者は受け取るだけ。でもリアリティーショーはまだ決まっていないので、予想する余地があります。
そして、予想した人は語りたくなります。ここでSNSに接続します。
構造③:SNSで語られることが、番組の一部になっている
いまの恋愛リアリティーショーは、番組本編だけで完結していません。放送後にSNSで語られるところまでが、一つの体験になっています。
推しカップルができ、感想が飛び交い、切り抜き動画が数百万回再生される。この二次的な広がりが、番組を見ていない人にまで届き、新しい視聴者を連れてきます。
マーケティングの言葉にすると、これは参加型の設計です。以前モナキの記事で書いたのと同じ構造で、他人が語りたくなる余白があるものは、勝手に広がります。
| ドラマ | 恋愛リアリティーショー | |
|---|---|---|
| 結末 | 決まっている | まだ決まっていない |
| 視聴者の役割 | 受け取る | 予想する・判断する |
| 語る余地 | 感想まで | 予想・議論・推し活まで |
| 広がり方 | 作品の力で広がる | 視聴者の会話で広がる |
結末が決まっていないことが、そのまま拡散装置になっている。これは、意図して作られた設計だと思います。
構造④:制作コストが低く、量産できる
事業として見ると、この点も外せません。脚本家も、大がかりなセットも、有名俳優も要りません。
ドラマなら1話に数千万円かかることもありますが、恋愛リアリティーショーは一般人の出演者と、家か旅先があれば成立します。しかも、シーズン制で同じ形式を繰り返せる。「今日、好きになりました。」が60シーズンを超えているのは、フォーマットを作れば量産できるからです。
配信サービスにとっては、この構造がありがたい。安く作れて、若年層を引きつけ、しかも継続視聴につながる。だからABEMAもNetflixもAmazonも力を入れています。作品の独占配信が進んでいるのは、囲い込みの武器として機能しているからです。
広告屋から見た、いちばんの学び
このジャンルから学べることを、ひとつに絞るとこうなります。人は、完成したものより、決まっていないものに時間を使う。
企業の発信は、たいてい完成品を見せます。完成したサービス、整った実績、きれいな事例。でも、それは受け取って終わりです。まだ決まっていないもの、迷っているもの、うまくいっていないものを見せたほうが、人は関わってきます。
ぼくが代理店時代に見た成功例も、実はそうでした。完璧なキャンペーンより、生活者に判断を委ねた企画のほうが、参加も会話も生まれていました。恋愛リアリティーショーは、この原理を極端に純化した形だと思います。
ただし、この設計には副作用がある
最後に、正直に書いておきます。この構造には無視できない問題があります。
出演しているのは、演者ではなく一般の人です。それなのに、視聴者は登場人物のように語り、判断し、時に強く批判します。番組が「判断させる」設計になっているぶん、その矛先が実在の個人に向かいます。
過去には、出演者への誹謗中傷が深刻な事態につながった例もありました。本音が漏れる瞬間が商品になっている以上、漏らした人が傷つく危険は、構造の中に最初から含まれています。
面白さの理由を分解すると、危うさの理由も同じ場所から出てくる。ここを見ないで「よくできた設計だ」とだけ言うのは、片手落ちだと思います。
よくある質問
恋愛リアリティーショーはなぜ人気があるのですか
本音が漏れる瞬間を、安全な場所から見られるためです。ABEMAのプロデューサーは「本来であれば見えない、あるいは見てはいけないものを見ている感覚」が醍醐味だと語っています。人は日常で取り繕っていますが、恋愛では本性が出ます。それを第三者として俯瞰できる点に魅力があります。
ドラマとは何が違うのですか
結末が決まっているかどうかです。ドラマは受け取るものですが、恋愛リアリティーショーは進行中なので、視聴者が予想し判断する余地があります。その予想がSNSでの会話につながり、番組の外側に広がっていきます。
どの作品から見ればいいですか
求める感情で選ぶといいです。青春の眩しさなら「今日、好きになりました。」、勝ち負けの緊張感なら「バチェラー・ジャパン」、日常の生々しさなら「テラスハウス」、推理の要素が欲しいなら「オオカミには騙されない」が向いています。配信先が分かれているので、加入しているサービスから選ぶのも現実的です。
なぜ配信サービスは恋愛リアリティーショーに力を入れるのですか
制作コストが比較的低く、若年層を引きつけ、シーズン制で量産できるためです。脚本家や大がかりなセット、有名俳優が不要な一方で、継続視聴につながりやすい特性があります。独占配信にすることで、加入者の囲い込みにも使えます。
まとめ
恋愛リアリティーショーが強いのは、恋愛を見せているからではありません。取り繕えなくなる瞬間を、リスクゼロで見られるように作られているからです。
そして、結末が決まっていないことが、視聴者に判断させ、SNSでの会話を生み、番組の外まで広げています。完成していないことが、そのまま拡散の装置になっている。ここが、いちばん巧みな部分です。
ただし、その面白さは実在の個人が本音を漏らすことで成立しています。設計の見事さと、出演者が負う危うさは、同じ場所から生まれています。見る側として、そこは忘れないでいたいと思います。