最終更新:2026年10月12日
デプスインタビューとは、調査の対象者一人とインタビュアーが一対一で向き合い、時間をかけて考えや行動の理由を深く聞いていく定性調査の手法です。複数人で話すグループインタビューとの一番の違いは、まわりの目がないことにあります。人は集団の前では無難な意見を話しがちで、本音は一対一のほうが出やすい。だからデプスインタビューは、人前では言いにくいことや、本人もうまく言葉にできていない判断の筋道を知りたいときに使います。この記事では、グルインとの違いの表、やり方の手順、質問項目の作り方と聞き方の失敗まで、広告会社と独立後の実務で見てきた範囲でまとめました。
デプスインタビューとは?グループインタビューとの違い一覧
デプスインタビューとは、一人の対象者に深く聞く一対一のインタビュー調査のことです。英語ではデプス・インタビュー(depth interview)、または「1on1インタビュー」「IDI(in-depth interview)」とも呼ばれ、現場では「デプス」と略されます。
よく比べられるグループインタビュー(グルイン)との違いを表にしました。
| 比較の軸 | デプスインタビュー | グループインタビュー |
|---|---|---|
| 人数 | 対象者1人とインタビュアー1人 | 対象者数人と司会者(モデレーター)1人 |
| 得意なこと | 一人の判断の筋道を、過去の経験までさかのぼって聞く | 受け止め方の幅を知る・発言が連鎖して話が広がる |
| 向いているテーマ | お金・健康・恋愛・仕事の悩みなど人前で話しにくいこと/BtoBの購買判断/専門家への聴取 | 新商品やCM案への第一印象/カテゴリの使われ方の全体像 |
| 起きやすい偏り | インタビュアーの聞き方に答えが引っぱられる | 声の大きい人の意見にまわりが合わせる(同調) |
| 1回で聞ける人数 | 1人なので、人数を集めるには回数が要る | 1回で数人の声が集まる |
| 聞き手に求められること | 沈黙に耐え、相手の言葉の端を拾って掘る力 | 全員に話を振り、場の空気を整える力 |
表の中で、ぼくが一番大きいと思っている違いは「起きやすい偏り」の行です。グルインでは参加者どうしが影響し合い、デプスでは聞き手と話し手が影響し合います。どちらも偏りがゼロにはならないので、手法を選ぶことは「どの偏りなら許せるか」を選ぶことでもあります。
デプスインタビューの起源──モチベーション・リサーチとフォーカスド・インタビュー
デプスインタビューがマーケティングで広く使われるようになったのは、1950年代のアメリカで流行した「モチベーション・リサーチ」がきっかけです。人が商品を買う本当の動機は本人も自覚していない、という前提に立ち、精神分析の面接の技法を購買の調査に持ち込んだものでした。
その中心にいたのが、心理学者のアーネスト・ディヒター(Ernest Dichter)です。ディヒターは生活者に長時間の一対一の面接を行い、表向きの理由の奥にある動機を探りました。この手法は広告業界で大きく広がりましたが、生活者の心を操る技術だという批判も受けます。ジャーナリストのヴァンス・パッカード(Vance Packard)が1957年に出した「The Hidden Persuaders」(邦題「かくれた説得者」)は、その批判の代表的な一冊です。
グループインタビューの源流は、社会学者のロバート・K・マートン(Robert K. Merton)らが第二次世界大戦中にラジオ番組や宣伝映画への反応を調べるために開発した「フォーカスド・インタビュー」にあるとされています。マートンらは1956年にその方法を「The Focused Interview」の題で本にまとめました。英語でグルインを「フォーカス・グループ」と呼ぶのは、この流れから来ています。
出自を知っておくと、デプスインタビューがもともと「本人も気づいていない動機に近づくための技法」だったことがわかります。表面の感想を集めるだけなら、アンケートの自由回答で足ります。わざわざ一対一で時間をかけるのは、その奥まで降りていくためです。
関連する考え方との違い──同調と「何人に聞けば足りるか」
デプスインタビューとグループインタビューの使い分けを考えるときに外せないのが、集団の中で人が意見を合わせてしまう「同調」です。本音が一対一で出やすい理由は、心理学の実験でも説明できます。
社会心理学者のソロモン・アッシュ(Solomon Asch)が1950年代に行った同調実験では、線の長さを比べる、明らかに正解がわかる問題でも、まわりのサクラが全員そろって間違えると、それに合わせてしまう人が出ました。参加者の約4分の3が、少なくとも一度は多数派の誤った答えに同調したと報告されています。線の長さでさえそうなら、「この商品、正直どう思いますか」のような正解のない問いで、まわりの空気に合わせない方が難しいと思います。
では、デプスインタビューは何人に聞けば足りるのか。ここにも参考になる研究があります。マーケティング学者のアビー・グリフィン(Abbie Griffin)とジョン・R・ハウザー(John R. Hauser)は1993年の論文「The Voice of the Customer」で、一対一のインタビューを20〜30人に行うと、そのカテゴリで挙がるニーズの90〜95%が見つかると報告しました。同じ論文では、グループインタビューが一対一のインタビューより多くのニーズを見つけるわけではなかった、という結果も示しています。それに、人類学者のグレッグ・ゲスト(Greg Guest)らは2006年の論文「How Many Interviews Are Enough?」で、60人分のインタビューを分析し、最初の12人ほどで主なテーマがほぼ出そろったと報告しています。どちらも特定の条件での研究なので万能の目安ではありませんが、「数人では足りず、数十人も要らないことが多い」という感覚の裏づけにはなります。聞いた理由がどれくらいの人に当てはまるかは、別に数で確かめる必要があり、その組み合わせ方は定量調査と定性調査の違いにまとめています。
デプスインタビューで聞いた理由を、商品の価値の言葉に置き換えていくときは、特徴・利点・便益の3層で整理すると見通しがよくなります。3層の考え方はベネフィットとメリットの違いとは?特徴・利点・便益のFAB一覧表で詳しく書きました。
デプスインタビューのやり方──質問項目と聞き方の失敗
デプスインタビューのやり方は、目的を一行に絞り、対象者を選び、質問の流れ(インタビューフロー)を作り、本番で掘り、発言を整理する、の5段階です。どの段階でも一番効くのは、意見ではなく過去の具体的な行動を聞くことです。実在する一人の顧客に深く聞いて事業のアイデアにつなげる考え方は、N1分析として知られています。
| 段階 | やること | 失敗しやすい点 |
|---|---|---|
| 1. 目的を決める | 「この調査が終わったら何を決めるのか」を一行で書く | 知りたいことを全部入れて、どれも浅くなる |
| 2. 対象者を選ぶ | 最近買った人・やめた人など、行動の条件で選ぶ | 年代や性別だけで選び、話を聞く意味のない人が混ざる |
| 3. インタビューフローを作る | 導入 → 生活の全体 → 具体的な場面 → 理由の深掘り → まとめ、の順に質問を並べる | 質問票どおりに読み上げ、相手の話の芽を拾えない |
| 4. 本番で掘る | 「それはいつのことですか」「そのとき何を考えましたか」と過去の一場面に降りていく | 聞き手が話しすぎる・沈黙を埋めてしまう |
| 5. 整理する | 発言を行動・理由・感情に分け、人をまたいで共通するものを探す | 印象的な一言だけを持ち帰り、全体を読まない |
質問項目を作るときに役に立つ型が「ラダリング」です。トーマス・J・レイノルズ(Thomas J. Reynolds)とジョナサン・ガットマン(Jonathan Gutman)が1988年にまとめた手法で、「なぜそれが大事なのですか」を重ねて、商品の特徴から、使って得られる結果、その人が大事にしている価値までハシゴを上るように聞いていきます。たとえば「軽いパソコンがいい」という答えから、「なぜ軽いといいのですか」「持ち歩けると何が変わりますか」と重ねると、「どこでも仕事ができる自分でいたい」という価値にたどり着くことがあります。
聞き方の失敗で一番多いのは、未来の意見を聞いてしまうことです。「こんな商品があったら買いますか」と聞かれると、人はたいてい相手に気をつかって前向きに答えます。起業家のロブ・フィッツパトリック(Rob Fitzpatrick)は著書「The Mom Test」で、母親でさえ嘘をつけないように質問しなさい、という言い方でこの失敗を戒めています。聞くなら「最後にそれで困ったのはいつですか」「そのとき何をしましたか」と、すでに起きた行動を聞くほうが確かです。
広告会社の現場では、グルインをミラー越しに見る機会がよくあります。見ていると、参加者が場の流れに合わせて話を寄せていくことは珍しくありません。同じ話題でも、一対一になると話の中身が変わります。BtoBマーケティングでも、発注を決める人の判断の筋道を知りたい場面はよくあります。社内の立場や予算の事情は、複数人の前ではまず話してもらえません。一対一で「最初に検討を始めたのはいつ、何がきっかけでしたか」と過去の場面から聞くと、意思決定の順番が見えてきます。クリステンセンの「ジョブ理論」で有名なミルクシェイクの事例も、買った人の行動の場面を掘っていったところから見つかった話で、ジョブ理論とは?要約と事例でわかるJTBD、ペルソナとの違いに詳しく書いています。
日本市場・2026年時点での注意点
2026年時点のデプスインタビューは、オンラインで行うのがすっかり当たり前になりました。遠方の人や忙しい人にも話を聞けるようになりました。でも、AIの文字起こしと要約に頼りすぎると、デプスの一番大事な部分を落としてしまいます。
オンラインのデプスは、自宅から参加してもらえるぶん、会場よりも構えずに話してもらえる良さがあります。生活の場面を画面越しに見せてもらえることもあります。ただ、表情や間の取り方は対面より読み取りにくいので、沈黙を待つ時間は対面より長めに取るのがいいと思います。
AIの文字起こしと要約は、記録の手間を大きく減らしてくれます。でも要約は、言い淀みや言い直し、矛盾した発言を「きれいな一文」にまとめてしまいがちです。デプスで価値があるのは、まさにその言い淀みや矛盾のほうです。「便利です、まあ、使ってはいるんですけど……」の「けど」のあとに本音があります。要約は目次として使い、判断の材料は元の発言で確かめるのが安全です。
費用や1回あたりの時間については、調査会社や対象者の条件で大きく変わり、出典のある相場は見当たりませんでした。時間は質問の数ではなく、深掘りしたい場面の数から逆算して決めるのがいいと思います。録音や録画を使うときは、目的を伝えて同意を取ったうえで扱う必要があります。観察者の立ち会いについては、日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)がグループインタビュー調査のガイドラインを公開しており、デプスでも考え方の参考になります。
デプスインタビューに関するよくある質問
デプスインタビューとグループインタビューはどう使い分けますか?
一人の判断の筋道や、人前では話しにくい本音を知りたいならデプスインタビューを使います。新しい案への第一印象の幅や、カテゴリの使われ方の全体像を短い時間でつかみたいならグループインタビューが向いています。迷ったら、テーマが他人の前で話しにくいものかどうかで決めると外しにくいと思います。
デプスインタビューは何人に聞けばいいですか?
決まった正解はありません。グリフィンとハウザーの1993年の論文では20〜30人で主なニーズの90〜95%が見つかったと報告され、ゲストらの2006年の論文では最初の12人ほどで主なテーマがほぼ出そろったと報告されています。新しい話が出なくなったところで止める考え方が実務では使いやすいです。
デプスインタビューの質問項目はどう作ればいいですか?
導入、生活の全体、具体的な場面、理由の深掘り、まとめの順に並べると流れが自然になります。質問は「買いますか」のような未来の意見ではなく、「最後に困ったのはいつですか」のような過去の行動を中心にします。深掘りでは「なぜそれが大事なのですか」を重ねるラダリングが役に立ちます。
デプスインタビューは自分でもできますか?
できます。調査会社に頼まなくても、既存のお客さんや、商品をやめた人に一対一で話を聞くことは小さな事業でも始められます。気をつけたいのは、自分の商品を褒めてもらうための場にしないことです。聞き手が話す時間を短くし、相手の過去の行動を聞くことに集中すると、身内の調査でも本音に近づけます。
おわりに──深く聞く技術ではなく、一人にする技術
デプスインタビューは、上手な質問で相手の心を開かせる技術だと思われがちです。でも実際に本音を引き出しているのは、質問のうまさより、まわりに誰もいない状況のほうです。集団の前で人は「みんなの意見」を話し、一人になってようやく「自分の話」を始めます。
デプスインタビューは、深く聞く技術ではない。相手を一人にして、黙って待つ技術。次に誰かの本音を知りたくなったら、質問を磨く前に、まずその人と一対一になれる場所を用意してみてほしいと思います。