「わたしの一番かわいいところ」は、TikTokで30億回再生されています。
このバズ、偶然ではありません。プロデューサー本人が「TikTokでバズればいいよね、という狙いのもと制作した」と明言しています(FIREBUG note掲載インタビュー)。上半身だけで踊れる振付、ネガティブな言葉を入れない歌詞、ライブ後すぐの動画公開。ぜんぶ計算ずくでした。
その人の名前は、木村ミサさん。FRUITS ZIPPERやCANDY TUNEを擁するKAWAII LAB.の総合プロデューサーです。50人超のアイドルを束ね、2025年には日経クロストレンド「マーケター・オブ・ザ・イヤー2025」で審査員特別賞、Forbes JAPAN「CULTURE-PRENEURS 30 2025」にも選ばれました。アイドルのプロデューサーが、マーケターとして表彰される時代になりました。
ぼくはこの人がひっくり返した常識を、マーケターとしてどうしても書き残しておきたくなりました。
木村ミサさんはどんな人か
木村ミサさんは1990年12月25日生まれ、群馬県館林市出身。アソビシステム所属のモデル/アイドルプロデューサーです。経歴が変わっています。
上京して読者モデルになり、青文字系雑誌「Zipper」でデビュー。同時に筋金入りのハロプロオタクで、「アイドルオタクのモデル」として連載を持っていました。2014年、アソビシステムのアイドルグループ「むすびズム」に裏方として関わるはずが、メンバーの要望でステージ側に引っ張り出され、2017年の解散までリーダーを務めます。その後プロデュース側に回り、2022年2月のKAWAII LAB.発足で総合プロデューサーに就任しました。
ファンとして推して、モデルとして見られて、アイドルとして立って、プロデューサーとして束ねる。マーケティングの言葉で言えば、ファネルの全階層を自分の体で通ってきた人です。
市場調査がいらない。生活者の気持ちを、資料ではなく記憶で知っているからです。
| アイドルの旧常識 | KAWAII LAB.の設計 |
|---|---|
| センターを置き、序列で物語を作る | センターを作らない。全員が主人公 |
| テレビ→CD→握手会で売る | TikTok→ストリーミング→ライブ。テレビは後 |
| バズは狙えない。運と勢い | 二段サビ・15秒振付・即日投稿の分業で作る |
| 「かわいい」という商品を売る | 「このままでいい」という許可を配る |
常識1:センターを作らない
アイドルの常識は「センター」でした。序列があるから競争が生まれ、競争が物語になる。48グループも坂道も、この設計で回ってきました。
木村さんは全グループ共通のルールとして、センターを作りません。7人全員がセンターに立てる設計にし、楽曲のテーマも自己肯定感で統一しています(QJWeb 2025年2月のインタビューほか)。
これは優しさではなく、戦略だと思います。推される入口が7つあるグループは、入口が1つのグループより単純に強い。それに、序列を作らないことで「評価者の席」が消えます。評価する人がいないステージは、見ている側も評価されない気分になれる。
「かわいいだけじゃだめですか?」は、よく聞くと商品名ではなく問いです。この問いに「だめではないよ」と答えてほしい人が、3.9兆円と言われる推し活市場にいます。
常識2:バズは祈るものではなく、設計するもの
従来のヒットの導線は「テレビ→CD→握手会」でした。KAWAII LAB.は逆走します。TikTokでバズらせてから、ストリーミング、ライブ動員、テレビは最後についてくる。アソビシステムの中川悠介代表は、この状態を「バズった瞬間がリリース日」と表現しています。
そしてそのバズは、工程が分業されています。切り取り点が複数生まれる二段構えのサビ。真似できる15秒の振付。ライブ後、即日の動画投稿。「踊ってみた」のUGCは、わたかわだけで10万件を超えました。広告費ゼロの拡散装置です。
バズを宝くじだと思っている会社と、工業製品だと思っている会社。数年後の差は、ここで開くと思います。
ちなみにこの設計を身体の側で実装しているのが、振付師の槙田紗子さんです。わたかわも「倍倍FIGHT!」も「かわいいだけじゃだめですか?」も、バズった曲の振付はこの人でした。二人は2025年4月のテレビ朝日「EIGHT-JAM」令和アイドル特集にも一緒に出演しています。槙田さんの仕事については振付235曲のデータベースにまとめました。
常識3:バズで終わらせず、両替所を先に作る
バズは売上ではありません。ここを勘違いした会社から消えていきます。
KAWAII LAB.のうまさは、バズを現金に変える「両替所」を先に作ってあることです。ライブと特典会という、ライブアイドルの現場で磨かれた装置に、TikTokから人が流れ込む。CUTIE STREETの2ndシングルは初週50.5万枚。認知はTikTok、転換はライブ、LTVは特典会。ファネルが完璧に分業されています。
結果は数字に出ました。2025年末、FRUITS ZIPPERとCANDY TUNEが第76回紅白歌合戦に同時初出場(2024年は落選しています)。2026年2月には、結成から1379日でFRUITS ZIPPERが東京ドーム5万人を埋めました。
常識4:「かわいい」を売らない。許可を売る
ここからはぼくの解釈です。
アソビシステムが売っているものは、きゃりーぱみゅぱみゅの時代から変わっていないと思っています。きゃりーの時代に配っていたのは「私にもできるかもしれない」という自己効力感。KAWAII LAB.が配っているのは「このままでいい」という許可、つまり自己肯定感です。
商品が変わったのではなく、時代の傷の場所が変わったから、薬が変わった。
そして励ましは、誰から言われるかが9割です。雲の上のスターに言われても届かないし、隣の友達に言われても効かない。「少しだけ先を歩いている同性」の言葉だけが届く。マーケティングでは準拠集団と呼ぶ考え方ですが、KAWAII LAB.のメンバー選びは、その距離感まで含めて設計されているように見えます。
振付師を追いかけて、見えたこと
ぼくは先日、槙田紗子さんの振付235曲をデータベース化しました。事務所の公式サイトとWikipedia、音楽メディア、そして本人が公開している振付作品の再生リストを横断して曲名を集め、公式動画のIDを1本ずつ照合する作業です。
その過程でわかったのは、KAWAII LAB.のバズ曲が振付の面でも一人の作家に集中していることでした。FRUITS ZIPPERで19曲、CANDY TUNE・CUTIE STREET・SWEET STEADYで各9曲。4組で46曲です。作曲側も、玉屋2060%さんという一人の作家が「倍倍FIGHT!」「ぴゅあいんざわーるど」「はちゃめちゃわちゃライフ!」を書いています。
外から見ると「時代の空気を掴んだ」ように見えるものが、中を数えると特定の作家との反復に行き着く。木村さんが作ったのは、単発のヒットではなくヒットの製造ラインだったのだと、数えて初めて腑に落ちました。
ブームとカルチャーの違い
木村さんは2歳の子を育てながら、50人超のアイドルを束ねています。2026年2月放送の「情熱大陸」では「結局アイドルが好きだからどの仕事も楽しい。天職だと思う」と語っていました。
オタクとしての15年が、そのままプロデュースの精度になっている人です。好きだったものの側に居続けて、気づいたら業界の常識を書き換えていた。
ブームは作れます。カルチャーは、居続けた人にしか作れません。
マーケターのぼくらが木村ミサさんから持ち帰るべきものは、バズの技術よりも、たぶんこっちだと思います。
よくある質問
Q. 木村ミサさんはどんな人ですか?
1990年生まれ、群馬県館林市出身。アソビシステム所属のモデル/アイドルプロデューサーで、KAWAII LAB.の総合プロデューサーです。読者モデル、アイドルオタク、アイドル本人、プロデューサーという経歴を持ちます。
Q. KAWAII LAB.にはどんなグループがいますか?
FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE、SWEET STEADY、CUTIE STREET、MORE STARなど。所属アイドルは総勢50人を超えます。
Q. なぜKAWAII LAB.は急に売れたのですか?
TikTokでバズる前提の楽曲・振付設計と、ライブ・特典会という収益装置の組み合わせです。認知はSNS、転換はライブ、継続は特典会と、ファネルが分業されています。
Q. 「センターを作らない」とはどういう意味ですか?
特定のメンバーを固定のセンターに据えず、全員が主役になれる設計にすることです。推される入口が増えるだけでなく、序列=評価の構造そのものをステージから消す狙いがあります。
(この記事の情報は2026年7月29日時点のものです)