最終更新:2026年10月17日
損益分岐点とは、売上と費用がちょうど釣り合い、利益がゼロになる売上高(または販売数量)のことです。計算式は「固定費 ÷ 限界利益率」で、マーケティングでは「広告費を足したとき、いくら売れば赤字にならないか」と「1件の獲得にいくらまで払えるか(上限CPA)」の二つの向きで使えます。隣の言葉の貢献利益が「その商品や事業が、自分にかかる固定費を払ったあとで会社全体の固定費の回収にいくら回しているか」という金額を見るのに対して、損益分岐点は「どこを越えれば黒字になるか」という境目を見ます。結論から書くと、損益分岐点は広告費を固定費に置くか変動費に置くかで位置が動くので、その置き場所を決めないまま読むと、黒字の広告と赤字の広告を取り違えます。
損益分岐点とは?計算式と「例」の計算表
損益分岐点売上高は「固定費 ÷ 限界利益率」で求めます。限界利益は売上高から変動費を引いたもの、限界利益率はその限界利益が売上高に占める割合で、「1 − 変動費率」と書いても同じです。
中小企業基盤整備機構のJ-Net21も、損益分岐点売上高を「固定費 ÷ 限界利益率」、目標の利益を出すための必要売上高を「(固定費 + 目標利益)÷(1 − 変動費率)」として説明しています(J-Net21「損益分岐点を使った目標売上高」)。利益がゼロになる点では「限界利益 = 固定費」になるので、そこから式が出てきます。
通販で1種類の商品を売る架空の事業で計算してみます。下の表の数字はすべて説明のための「例」です。
| 項目 | 意味 | 計算 | 例の数字 |
|---|---|---|---|
| 売価 | 1個あたりの売上 | ― | 6,000円 |
| 変動費 | 売れるたびにかかる費用(原価・送料・決済手数料) | 1,800円 + 600円 | 2,400円 |
| 限界利益 | 売上 − 変動費 | 6,000円 − 2,400円 | 3,600円 |
| 限界利益率 | 限界利益 ÷ 売上 | 3,600円 ÷ 6,000円 | 60% |
| 固定費(月) | 売れても売れなくてもかかる費用(人件費・家賃・ツール代) | ― | 180万円 |
| 損益分岐点売上高 | 固定費 ÷ 限界利益率 | 180万円 ÷ 60% | 300万円 |
| 損益分岐点販売数量 | 固定費 ÷ 1個あたりの限界利益 | 180万円 ÷ 3,600円 | 500個 |
| 利益36万円を出す売上高 | (固定費 + 目標利益)÷ 限界利益率 | 216万円 ÷ 60% | 360万円(600個) |
500個 × 6,000円 = 300万円で、売上の数量と金額の答えはそろっています。この事業は月に500個を超えたところから黒字になり、600個売れると36万円の利益が残ります。ここまでは会計の教科書どおりの計算で、まだ広告費が入っていません。
広告費を固定費に置くか、変動費に置くか
損益分岐点は、広告費をどちらの費用として扱うかで位置が変わります。月の予算を先に決めて出す広告は固定費に近く、1件売れるごとに獲得費がかかる広告は変動費に近いからです。
上の例に広告を足して、二つの置き方で計算し直しました。数字はすべて架空の例です。
| 置き方 | 前提 | 損益分岐点の計算 | 損益分岐点 |
|---|---|---|---|
| 広告なし | 上の表のまま | 180万円 ÷ 60% | 300万円(500個) |
| A:固定費に置く | 月の広告予算72万円を固定費に足す | 252万円 ÷ 60% | 420万円(700個) |
| B:変動費に置く | 1個売るたびにCPA1,200円がかかる。限界利益は2,400円、限界利益率は40% | 180万円 ÷ 40% | 450万円(750個) |
どちらの計算も間違ってはいません。600個売れたときの利益は、Aでも(600個 × 3,600円 − 252万円)、Bでも(600個 × 2,400円 − 180万円)、同じマイナス36万円になります。違うのは、損益分岐点にたどり着く道の前提です。
Aの700個は、72万円の予算のまま700個売れたらと置いた計算です。言い換えると、1個あたりの獲得費が約1,029円(72万円 ÷ 700個)に収まると置いています。Bの750個は、CPAが1,200円のまま変わらないと置いています。だから広告費を固定費に入れた損益分岐点を見るときは、「その予算でその数が本当に売れるのか」を、CPAの側から必ず検算します。
よくある誤読は、広告費をどちらにも入れないまま損益分岐点を計算し、「500個を超えたから黒字」と判断することです。広告で売った500個なら、広告費のぶんだけ赤字のままです。広告の効果の報告と事業の損益は、同じ表に並べてはじめて比べられます。
許容CPAの逆算──粗利×転換率で上限を出す手順
上限CPAは、1件の粗利(限界利益)から逆算すると決められます。1件の粗利がそのまま「その1件で赤字にならない獲得費の上限」になり、そこに転換率を掛けると、クリックやリードの段階でいくらまで払えるかに降りていけます。
上の例で、手順を表にしました。月に750個売る計画で、広告で来た人の購入率を2%、広告のクリック率を1%と置いた架空の例です。
| 手順 | 何を出すか | 計算 | 例の上限 |
|---|---|---|---|
| 1 | 1件の限界利益(広告費を払う前) | 6,000円 − 2,400円 | 3,600円 |
| 2 | その1件で赤字にならない上限CPA | = 1件の限界利益 | 3,600円 |
| 3 | 1件あたりに乗る固定費 | 180万円 ÷ 750個 | 2,400円 |
| 4 | 固定費まで回収できる上限CPA | 3,600円 − 2,400円 | 1,200円 |
| 5 | 上限CPC(購入率2%) | 1,200円 × 2% | 24円 |
| 6 | 上限CPM(クリック率1%) | 24円 × 1% × 1,000 | 240円 |
手順4の1,200円は、前の章のBで損益分岐点が750個になったCPAと同じ数字です。逆算と順算が同じところに着くので、計算の筋が通っていることが確かめられます。
BtoBのように資料請求から受注までに段階がある商材でも、考え方は同じです。受注1件の粗利が30万円、資料請求から受注に進む割合が5%なら、資料請求1件に払える上限は30万円 × 5% = 15,000円になります(架空の例)。これは粗利を使い切る上限なので、固定費や営業の手間を回収したいなら、手順3と4のように先に差し引いてから掛け算します。
CPC・CPM・CPAが一本の式でつながる仕組みはCPC・CPM・CPAの違いと計算式、許容CPAの決め方に書きました。そちらは初回の粗利とLTVのどちらで許容CPAを決めるかを扱っていて、この記事は固定費をどこまで1件に背負わせるかを足しています。続けて買われる商品なら、手順1の限界利益を初回ではなく取引期間全体の粗利で置き直すことになります。その計算はLTVの意味と計算式3種、CACとの関係にまとめています。
実務でどう使うか──誤読の型と正しい読み方
損益分岐点は、広告や販促の数字が「黒字に向かっているのか」を確かめる検算に使います。報告書のCPAやROASだけでは見えない赤字を、固定費と変動費に分けて並べ直すことで見つけられます。
広告の効果の報告を読む立場にいると、CPAが目標を下回ったという報告と、事業が黒字かどうかは別の話だと、何度も頭を切り替える必要がありました。ぼく自身、目標CPAがどこから来た数字なのかを確かめないまま「達成」と受け取りかけたことがあります。よく出会う誤読を、正しい読み方と対にして並べました。
| 誤読の型 | 正しい読み方 |
|---|---|
| CPAが目標内だから、この広告は黒字 | 目標CPAが限界利益から逆算されているか、固定費まで含めた上限かを先に確かめる |
| 売上が損益分岐点を超えたから、広告は成功 | その損益分岐点に広告費が入っているかを確かめる。入っていなければ広告費のぶん赤字のまま |
| 平均CPAが上限より安いから、予算を倍にしてよい | 追加した予算で取れる1件のCPAは平均より高くなりやすい。増やした分の獲得費で判断する |
| 値引きで販売数が2割増えたから、販促は成功 | 値引きは限界利益率を下げ、損益分岐点を押し上げる。必要な販売数がどれだけ増えたかと比べる |
4つ目の値引きは、計算すると驚くほど効きます。上の例で売価を1,000円下げて5,000円にすると、限界利益は2,600円、限界利益率は52%になり、損益分岐点販売数量は180万円 ÷ 2,600円 = 約692.3個、つまり693個に上がります(売上高にすると約346万円)。値引き前の500個から約1.4倍です。販売数が2割増えても、この事業はまだ赤字の側にいます。値引きの効果は、増えた数ではなく、損益分岐点が動いた幅と比べて読むものです。
広告費の倍率で効率を見るROASにも、粗利率から出す損益分岐点ROASがあります。考え方はROASの計算式とROI・CPAとの違いで書いたので、ROASで報告を受けている場合はそちらの式で同じ検算ができます。
日本市場・2026年時点での損益分岐点の注意点
2026年に損益分岐点を使うときは、変動費率がじわじわ動いていることを前提にします。送料や決済手数料、モールの手数料、ポイントの負担は売れるたびにかかる費用なので、どれかが上がれば限界利益率が下がり、損益分岐点は何もしなくても上に動きます。
決算書の損益計算書は、費用を固定費と変動費に分けて並べていません。だから損益分岐点を出すには、勘定科目を一つずつどちらかに振り分ける作業が要ります。振り分け方で答えが変わるので、社内で数字をそろえるときは「何を変動費に入れたか」を表の横に書いておくと、あとで比べられます。広告費をAとBのどちらで置いたかも、その一つです。
計測の欠けにも注意がいります。プライバシー保護の流れで、広告を見た人と後日の購入を1対1で結べない場面が増え、管理画面のコンバージョン数には推定で補われた値が混ざります。CPAの分母が推定なら、上限CPAとの比較も推定の上に立っています。損益分岐点の検算は、管理画面の数字ではなく、実際の注文数と入金で月に一度やり直すほうが確かです。
相場の話もしておきます。「損益分岐点比率は何%なら安全か」「業種別の限界利益率の平均」といった目安はネットでよく見かけますが、業種をまたいで使える出典のはっきりした数字は、ぼくが確認した範囲では見当たりませんでした。比べる相手は他社の平均ではなく、自分の先月の損益分岐点です。
損益分岐点に関するよくある質問
損益分岐点と貢献利益の違いは何ですか?
貢献利益は、その商品や事業が自分に直接かかる固定費を払ったあとで、会社全体の固定費の回収にいくら回しているかを表す金額です。損益分岐点は、その回収がちょうど固定費に追いつく売上高や数量を表す境目です。金額を見るか、境目を見るかの違いで、どちらも売上から変動費を引いた限界利益を材料にしています。
広告費は固定費と変動費のどちらですか?
決まった答えはなく、広告の買い方で決めます。月の予算を先に決めて出す広告は固定費として、成果1件ごとに費用が増える広告は変動費として扱うと実態に近くなります。どちらで置いたかによって損益分岐点が動くので、計算の前提として必ず書き添えます。
損益分岐点を下げるには何をすればいいですか?
式の分子と分母のどちらかを動かします。固定費を下げるか、値上げや原価・送料の見直しで限界利益率を上げるかのどちらかです。値引きや送料無料は限界利益率を下げるので、販売数が増えても損益分岐点がそれ以上に上がっていないかを確かめます。
上限CPAは損益分岐点から決めるべきですか?
1回の購入で回収したい事業なら、1件の限界利益から固定費の負担分を引いた額が上限CPAの出発点になります。続けて買われる商品なら、初回ではなく取引期間全体の粗利で上限を置き直します。どちらにしても、上限は他社の相場ではなく自分の粗利から逆算するものです。
おわりに──広告が高いのではない。払っていい上限を決めていないだけ
広告が高いのではありません。払っていい上限を決めていないだけです。この記事の一行を選ぶなら、これになります。
損益分岐点は、会計の教科書では「利益がゼロになる売上高」として出てきます。でもマーケティングの側から見ると、固定費と限界利益と転換率を並べて、1件にいくらまで払えるかを決めるための床の位置です。床の高さを知らないまま広告を回すと、CPAが目標を下回ったと報告を受けながら、赤字が積み上がることがあります。
だから広告の数字を見るときは、その横に限界利益と固定費が並んでいるかを確かめたいと思っています。値段の高い安いは、床の位置がわかってはじめて言えることです。この逆算で迷うところがあれば、ぼくのXアカウント(@yosooi3)に問いかけてもらえれば、できる範囲で答えようと思います。