誤伝・出どころ注意
「傷こそが、光の入ってくる場所だ。」は本当に本人の言葉?
「傷こそが、光の入ってくる場所だ。」は本当に本人の言葉?
ルーミーの言葉とされる名言
「傷こそが、光の入ってくる場所だ」はルーミーの言葉として広まっていますが、ルーミー自身の詩にこの形はありません。もとになったのはアメリカの詩人コールマン・バークスの自由な英訳「包帯を巻いたところを見続けなさい。光はそこから入ってくる」で、それをさらに縮めたものです。
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出典と原文
- 言葉
- 「包帯を巻いたところから、目をそらさないこと。光は、そこから入ってくる。」
- よく出回る形
- 「傷こそが、光の入ってくる場所だ。」
- 人物
- ルーミー(Rumi)
- 原文(英語)
- Keep looking at the bandaged place. That's where the light enters you.(コールマン・バークスによる英語の意訳)
- 出典
- ルーミー「精神的マスナヴィー」第1巻 3225〜3226行(ヨセフと鏡の物語)を、コールマン・バークスが「The Essential Rumi」の詩「Childhood Friends」で大きく意訳したもの
- 本当の出どころ
- コールマン・バークスによるルーミーの意訳(「The Essential Rumi」所収)を、さらに短くした形
- 判定
- 誤伝・出どころ注意本人の言葉ではない、または別の出どころがあることがわかっています
- 訳
- 日本語はバークスの英語の意訳を、当サイトが訳したものです
どんな場面の言葉か
バークスはペルシア語から直接訳したのではなく、学術的な翻訳をもとに書き直しています。もとの「マスナヴィー」の一節は、師が傷に包帯を巻くと、癒えたのは自分の力だと思い込むが、本当は軟膏から射す光が治したのだ、という内容です。傷そのものが光の入り口だ、という意味ではありません。
この言葉の読みどころ
日本でよく見る「傷こそが光の入る場所」は、原典からバークス、バークスからネットの要約へと、二度意味が動いた形です。
確認した資料
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最終確認日:2026-10-23 / 出典に誤りを見つけたら、Threadsで教えてください。