入社して最初の週、ぼくはとにかく静かさに驚いた。
博報堂では、フロアはいつもざわついていた。企画の話し声、電話、コピーライターと口論しながら詰めるクリエイティブ確認。「熱量」が可視化されていた。アクセンチュアのオフィスに入ったとき、みんな画面に向かって黙々とキーボードを叩いていた。会議も短い。話す内容が決まっていて、確認して終わる。
「あ、全然別の会社だ」と思った。当たり前だけれど、文化の違いはそれくらい、最初の1週間ではっきりした。
博報堂では、企画を作るときの空気はいつも少しカオスだった。ブリーフを読んで、担当チームで雑談して、誰かが「こんなのどう?」と言い出して、「でも予算的には……」「いや待って、その方向おもしろくない?」とこねくりまわすうちに、なんとなく形になっていく。ぼくはそういう場が好きだった。会議室にみんなで集まって、ゴールに向かっているのか迷走しているのかわからないけど、気づいたら「これで行こう」と全員のテンションが揃う瞬間がある。あのプロセスが、ぼくにとっての「仕事している感」だった。転職してから、まずそれが消えた。
博報堂からアクセンチュアに移って、ぼくはたくさんのことが変わった。変わったことと、変わらなかったこと。今回はそれを正直に書いてみようと思う。

いちばん驚いたのは、評価の「軸」が全部変わったことだった
博報堂で評価されるのは、「いい仕事をした人」だった。面白いキャンペーン、大きなコンペを勝った、クライアントに気に入られている——そういうことが評価につながっていた。数字で測れない部分も多く、「あいつはセンスがある」「あのプレゼンはよかった」という感覚的な評価が普通に機能していた。
アクセンチュアはそれが通用しない。「で、それでクライアントの何が変わったのか」が問われる。売上が上がったのか、コストが下がったのか、KPIが動いたのか。プロセスが面白くても、アウトプットに数字がついていなければ評価の土台に乗らない。
入社して数ヶ月、ぼくは何度か「これはよかった」と思って話したことを、「で、インパクトは?」と返されて答えられなかった。代理店にいたころは、インパクトの計測はクライアントの担当部署がやることで、ぼくたちは「打ち手を作る」側だった。コンサルに来て初めて、「打ち手の効果まで責任を持つ」という感覚に直面した。
これは正直、しんどかった。でも1〜2年かけて慣れていくと、「ぼくは今まで何を作っていたんだろう」とも思うようになった。成果から逆算して考える癖がついた。それが今の独立後の仕事にもそのまま活きている。
逆算というのは、単純に言うと「ゴールから今日やることを決める」ことだ。代理店では「いい企画を作る」がゴールで、そこに向かってプロセスを積み上げていた。コンサルに来て、「この施策でKPIをどう動かすか」を先に決めてから動くようになった。慣れると判断がシンプルになった。今、独立してクライアントと仕事をするとき、この視点がないと会話がすれ違う場面がある。「面白いアウトプット」と「成果に直結するアウトプット」は別物で、クライアントが求めているのはほぼ後者だ。コンサル時代にそれを体に染み込ませてもらったことは、今の自分にとって大きかったと思っている。
「専門性」の意味が、まるっきり変わった
代理店にいたころの「専門性」は、ざっくり言うと「誰を知っているか」と「どの業界に強いか」だった。テレビの買い付けに強い人、SNSキャンペーンのクリエイターとつながっている人、食品クライアントの担当経験が豊富な人——そういう文脈で「あの人は〇〇のプロだ」という見られ方をする。
コンサルは、「何ができるか」だ。分析ができるか、実装まで引っ張れるか、戦略から施策まで一貫して設計できるか。人脈や業界経験よりも、スキルとして持ち歩けるものが問われる。
ぼくはこの違いに気づいたとき、少しぞっとした。代理店での専門性の多くは、「その会社にいるから価値がある」ものだったからだ。博報堂のネットワーク、博報堂のブランド、博報堂のクライアントリスト——外に出た瞬間に消えるものを専門性だと思っていた部分があった。
コンサルに移ってから、ポータブルスキルを意識的に積むようになった。どこに行っても使える「考え方」と「手法」を持つこと。それが今のフリーランスという選択にもつながっている。
正直、しんどかったこと
いいことばかりではなかった。
アクセンチュアには、MBAや外資コンサル出身で最初からロジックが整っている人たちがいた。ぼくは代理店出身で、「感覚で正しい」を積み重ねてきたタイプだった。最初の半年くらい、「ちゃんと言語化できていない」という感覚が続いた。
会議での発言一つにしても、代理店では「なんとなくこの方向が合ってる気がする」で通ることがあった。コンサルでは「なぜそう思うのか」を問われる。根拠がないと発言しにくい空気がある。「わからない」と言うより「調べてきます」と言った方が正直だったりもする。
それから、スピード。コンサルの仕事の速さには、最初かなりついていけなかった。仮説を立てて、検証して、資料に落として、次の打ち手を決める——このサイクルが代理店の感覚より数段速い。「まだ検討中」という状態でいられる時間が短い。
ただ、しんどかったこれらは全部、「慣れた後に自分の武器になった」とも思っている。言語化の力、スピード感、根拠から話す癖——全部、今の仕事で使っている。

本当に「消えた」と感じたもの
しんどさとは別に、移って最初に感じた新鮮さがあった。働いた時間がフィーで売れる、という感覚だ。代理店では「なんとなく長くいる」時間が普通にあった。コンサルはそれがない。稼働した分だけ価値になる。最初は「これが本当の働き方だ」と思った。
でも1年ほど経って、気づいたことがある。媒体の担当者とお茶を飲みながら交わす雑談、廊下でふらっと話したことから生まれるアイデア——そういう時間が完全に消えていた。コンサルは打ち合わせとスライド作成で1日が終わる。「今日何をしたか」が明確になった分、頭に入ってくる情報の種類が変わった。偶然のインプットが消えた。
代理店にいたころ、その「無駄」に見えていた時間が、企画の種になっていた。なんとなく聞いた話が数ヶ月後に企画のヒントになる、あの回路が働かなくなった。

博報堂では、急に「これやりたい」と思いついて「誰か一緒にやろう」と声をかけると、そこからコラボが生まれることがあった。誰かのアイデアにまわりが自然と肉付けして、いつの間にか企画になっていた。商売になるかどうかは後で考えればいい、まず「面白いか」「新しいか」を判断してくれる人がいる。それが博報堂だった。
コンサルでこれをやろうとすると、まずロジックが必要になる。「なぜそれをやるのか」「クライアントへの価値は何か」「費用対効果はどうか」——熱意だけではやりきれない部分がある。面白いと思っているのに、それを説明するための言語化に時間がかかる。その間に熱が冷める感覚があった。ここに、ぼくはずっと苦しんでいた。
コンサルにはそれがない。コンサルは基本的に、クライアントの「課題」がないと仕事が始まらない構造だ。問題があって、解決策を求められて、初めて動ける。自分たちが「面白そうだからやろう」と言い出せる余地は、ほとんどない。
これは働き方の違いというより、仕事の「起点」の違いだ。代理店は自分たちが起点になれる。コンサルは相手の課題が起点になる。どちらがいいかではなく、自分はどちらで力が出るかは、行ってみてはじめてわかった。
変わらなかったこと
代理店出身で持ち込んだものの中で、コンサルでも通用したものがある。
一つは、「相手が何を気にしているか」を読む力だ。代理店は基本的に、クライアントの感情と組織の空気を読みながら仕事をする。誰が意思決定者で、誰が反対しそうで、何を言えば納得してもらえるか——そういう「人間の動き方」への感度は、コンサルでも普通に使えた。むしろ、ロジックばかりに偏った提案が通らないとき、そこで差が出た。
具体的な場面で言うと、あるプロジェクトで業務改善の提案をまとめたとき、資料のロジックに穴はなかった。コスト削減の試算も、スケジュールも、リスクの整理も。でも、クライアントの現場責任者がずっと表情を変えないまま「検討します」で終わった。後から別の担当者に聞いたら、「あの人、去年同じような提案を自分で上に出して却下されてるんですよ」という話だった。ロジックで正しくても、相手の文脈を読まないとテーブルに乗らない。代理店でクライアントの「社内事情」を読みながら動いてきた感覚が、あの場面で「何か噛み合っていないな」と気づかせてくれた。次回、その責任者に個別に話を聞く時間を設けたら、提案は動き出した。
もう一つは、アウトプットのわかりやすさへのこだわりだ。代理店では、資料もプレゼンも「相手に伝わるか」が最優先だった。コンサルの資料は情報密度が高くなりがちで、そこに「削ぎ落として伝える」という感覚を持ち込むと、意外に評価された。
文化が違っても、「人に伝える力」は場所を選ばない。それはどちらにいても確かだった。
本音を言うと、代理店の方が合っていたかもしれない
今になって思うのは、働き方として代理店の方がぼくには合っていたかもしれない、ということだ。雑談から企画が生まれる感覚、関係性を育てながら仕事を作っていく感覚——そちらの方が、自分の動き方に近かった。
でも、コンサルに移ったからこそわかったことがある。代理店にいたままでは、「自分に向いているのはこっちだ」とも気づけなかった。比較できる経験がないと、自分の傾きはわからない。言語化が弱い、数字への感度が低い、成果から逆算する癖がない——それを30代のうちに知れたことは、結果的に大きかった。
転職は「より良い場所を探すもの」というより、「自分を知るための実験」に近いかもしれない。合う合わないは、行ってみないとわからない。ぼくはそれを身をもって経験した。
ただ一つ、組織の「整い方」という意味ではコンサルの方が真っ当だと思っている。働く仕組みが構築されていて、消耗しにくい構造がある。代理店は熱量で動く部分が多く、それが魅力でもあるけれど、長く続けるには消耗する面もあった。「自分の動き方に合っているか」と「長く健全に働けるか」は、別の問いだということも、転職して初めてわかったことだ。
それから、給料もいい。昇進の基準も明確だ。代理店は「なんとなく認められてきた」で積み上がっていく部分があるけれど、コンサルは数字と実績ではっきり評価される。パッションではなく数字で判断したい人、感覚よりも構造で動きたい人には、コンサルは相当向いていると思う。ぼくには合わなかった部分があったけれど、それはぼくの話だ。コンサルに移って「やっとまともな環境に来た」と感じる人も、同じくらいいると思っている。
代理店からコンサルへの転職を考えているなら、評価軸が全部変わることは覚悟した方がいい。そして、向き不向きも、行ってみてはじめてわかる。それが怖いなら動かない方がいいし、それでも知りたいなら動いていい。どちらもちゃんとした答えだと思っている。