最終更新:2026年10月17日
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは、売りたい相手を「人」ではなく「会社(アカウント)」の単位で先に選び、その会社ごとに提案と接点を設計して、営業とマーケティングが一緒に関係を深めていくBtoBマーケティングの手法です。ここで扱うのは企業向けマーケティングのABMで、会社のiPhoneやMacをまとめて管理するアップルのApple Business Manager(現在はApple Businessに統合)とは別の話です。結論を先に書くと、ABMは狙う会社を増やす手法ではありません。狙わない会社を、営業と一緒に決める手法です。この記事では、従来のリード獲得型との比較表、言葉の出どころ、手順と実務での判断、2026年時点の注意点までを書いていきます。
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは?従来型との違い一覧
ABMとは、網を広げて集まった見込み客の中から買う人を探すのではなく、取引したい会社を先に決めて、その会社の中の関係者に順番に届けていくやり方です。従来のリード獲得型が「集めてから選ぶ」なら、ABMは「選んでから届ける」です。
| 観点 | 従来のリード獲得型 | ABM |
|---|---|---|
| 起点 | 関心を持った人を集める | 取引したい会社を先に選ぶ |
| 単位 | 個人(リード) | 会社(アカウント)と、その中の関係者 |
| 対象の数 | 多い。集まった人の全員が対象になる | 少ない。選んだ会社だけが対象になる |
| 届ける中身 | 多くの人に共通する資料やセミナー | その会社の事情に合わせた提案や情報 |
| 主な指標 | リード数、獲得単価、MQL数 | 対象企業で接点を持てた関係者の数、商談化、取引額の伸び |
| 営業との関係 | マーケティングが集めて営業に渡す受け渡し型 | 対象選びから営業と一緒に動く協働型 |
| 向く商材 | 単価が比較的低く、買い手の数が多い | 単価が高く、関わる人が多く、検討が長い |
表の中で考え方がいちばん違うのは「単位」の行です。リード獲得型では、同じ会社の三人が別々に資料を請求すると、三件のリードとして別々に扱われます。ABMでは、それを一社の中で三人が動き始めたという一つの出来事として読みます。BtoBの買い物は一人では決まらないので、会社を単位にしたほうが、相手の検討の進み具合が見えやすくなります。BtoBとBtoCで決める人の数と時間がどう違うかは、BtoBとBtoCマーケティングの違いとは?手法・KPIの比較表と向いてる人にまとめました。
ABMの出どころ──ITSMAが2000年代前半に体系化
ABMという言葉は、米国のITサービス企業のマーケティング団体ITSMA(Information Technology Services Marketing Association)が、2000年代前半に体系化したとされています。ITSMA欧州の責任者だったベブ・バージェス(Bev Burgess)が2003年に名づけたとする資料が多い一方、2004年とする解説もあり、正確な年ははっきりしません。
やっていること自体は、新しい発明ではありません。大口の取引先を一社ずつ担当し、その会社のために計画を立てる「キーアカウント営業」の考え方は、ABMという言葉より前からありました。ABMは、営業の中にあったこのやり方を、マーケティングの側から組み直して名前をつけたものと言えます。
ABMの型としてよく紹介されるのが、バージェスらの実務書「A Practitioner’s Guide to Account-Based Marketing」(Kogan Page)で整理されている三つの分類です。対象にする会社の数で分かれます。
| 型 | 対象 | やり方 | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| ストラテジックABM(1対1) | 一社ずつ | その会社のためだけの計画と提案をつくり、営業と深く組む | 取引額が特に大きい数社 |
| ABMライト(1対少数) | 似た事情を持つ少数の会社のまとまり | 業種や困りごとが共通する会社に、少し手を加えた提案を届ける | 同じ業界の中で、事情の似た会社が並ぶ場合 |
| プログラマティックABM(1対多数) | 数十社〜数百社 | データとツールで、会社ごとの出し分けを自動で行う | 対象は広いが、会社単位で反応を見たい場合 |
測る単位の考え方も、同じ方向に動きました。MQLやSQLという呼び名を広めた米国の調査会社シリウスディシジョンズ(SiriusDecisions)は、2017年に、見込み客を数える単位を個人のリードから、同じ必要性のために動く購買グループ(デマンド・ユニット)へ移したモデルを発表しています。人ではなく、会社の中のまとまりを見る。ABMの考え方が、指標の側にも入ってきたわけです。
日本では、BtoBマーケティングのコンサルティング会社シンフォニーマーケティングの庭山一郎氏が、2016年に国内初のABMの専門書とされる「究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)」(日経BP)を出しています。ITSMAはその後、ABMの支援会社モメンタム(現在のMomentumABM)に買収され、そのMomentumABMも2025年9月にアクセンチュアが買収したと発表されています。
関連概念との違い──リードジェネレーション・インバウンド・CRM
ABMは、リードジェネレーションの反対でも、インバウンドマーケティングの否定でもありません。会社単位で選んだ相手に向けて、集める・育てる・選ぶの仕組みをかけ直すものです。
| 言葉 | 単位 | 起点 | ABMとの関係 |
|---|---|---|---|
| リードジェネレーション | 個人 | 関心を持った人を集める | ABMでも、対象企業の関係者と最初の接点をつくる場面で使う |
| インバウンドマーケティング | 個人 | 見つけてもらう | 対象企業の人が読みそうな記事や資料を用意する形で組み合わせる |
| キーアカウント営業 | 会社 | 営業が大口の取引先を担当する | 考え方は近い。ABMはマーケティングが情報と接点を加え、組織で動く形 |
| CRM | 顧客 | 既存の顧客との関係を記録し、管理する | ABMで対象企業と関係者の情報を記録する土台になる |
リードを集める手法の全体像はリードジェネレーションとは?手法一覧とナーチャリングとの違いに、見つけてもらう仕組みと追いかける営業との違いはインバウンドマーケティングとは?アウトバウンドとの違いと向く会社に書きました。リード獲得型とABMは、どちらか一方を選ぶものではありません。広く集める仕組みで市場の反応をつかみ、その中で取引額の大きくなりそうな会社だけをABMの対象に引き上げる。多くの会社では、この二段構えになります。
顧客の情報を記録するCRMとの関係も整理しておきます。CRMは顧客との関係を記録して管理する仕組みで、ABMはその記録を使ってどの会社とどう関係を深めるかを決める方針です。CRMの中に担当者の名前が一人分しか入っていない状態では、ABMの「会社の中の地図」は描けません。
ABMの手順と実務での使い方──対象選びがすべてを決める
ABMの手順は、対象企業の選定、会社ごとの提案づくり、営業との協働の三段階に分かれ、成否の大半は最初の対象選びで決まります。対象が広すぎると一社ごとの提案が薄まり、社名を差し替えただけの一斉配信に戻ってしまうからです。
| 手順 | やること | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 1. 対象企業を選ぶ | 既存の取引額と伸びしろ、理想の顧客の条件(業種・規模・困りごと)で候補を出し、営業と一緒に絞る | マーケティングだけで選び、営業が担当したがらない会社が並ぶ |
| 2. 会社の中の地図を描く | 決める人・使う人・意見を言う人を、部署ごとに書き出す | 窓口の一人しか知らない |
| 3. 会社ごとの提案をつくる | 決算資料や中期経営計画、採用情報などの公開情報から困りごとの仮説を立て、提案と資料を合わせる | 社名を差し込んだだけの「個別化風」の資料になる |
| 4. 接点を組み合わせる | 営業の訪問、その会社向けの勉強会、企業単位の広告配信、役員どうしの会合などを順番に置く | 接点ごとに担当がばらばらで、同じ人に同じ話が重なる |
| 5. 会社単位で測る | 接点を持てた関係者の数、商談化、取引額の伸びを会社ごとに追う | 結局リード数で評価してしまう |
BtoBの現場では、大口の取引先ほど情報が担当営業の頭の中にあって、マーケティングはその会社で誰が何に困っているのかを知らない、という状態をよく見ました。逆に営業は、マーケティングが送っている一斉配信のメールが自分の担当先に届いていることを知らなかったりします。ABMが最初に効くのは、新しい施策を足すところではなく、この二つの情報を一枚の地図に重ねるところだと思っています。
対象選びでは、「入れる会社」より先に「入れない会社」の基準を決めると絞りやすくなります。たとえば、取引額が大きくても自社の商品で解決できる困りごとがない会社、担当できる営業がいない会社、意思決定に関わる人に一人もたどり着けていない会社です。ABMは一社にかける手間が大きいので、対象の数は営業が一社ずつ具体的に語れる数までにとどめるのが現実的です。
ツールの話は、この後で十分です。ABMの周りには、企業のデータベース、どの会社がどんなテーマを調べているかを推定するインテントデータ、MAやCRM、企業単位で配信できる広告などのツールがあります。でもツールから始めると、自分たちで選んだ会社ではなく、ツールが見せてくれる会社を追いかけることになりがちです。数社のストラテジックABMなら、表計算のシートと営業との定例の打ち合わせだけでも始められます。
ABMの事例を読むときも、一つ確かめておきたいことがあります。公開されている事例の多くはツールや支援の会社が出したもので、対象の数や商材の単価、営業の人数がそれぞれ違います。成果の数字より、対象をどう選んだか、営業とどう役割を分けたかの部分を読むほうが、自社に持ち帰れるものが多いと思います。
日本市場・2026年時点での注意点
2026年の日本でABMを始めるときに押さえたいのは、既存顧客との関係を損なうリスク、担当者の個人情報の扱い、そしてAIで「個別化」が安くなったことの三つです。どれも、一社に深く入るABMだからこそ大きくなる論点です。
一つ目は既存顧客です。庭山一郎氏は2025年の著書「法人営業は新規を追うな 重要顧客と最高の関係を築くABM」(日経BP)の「はじめに」で、ABMの対象は多くの場合すでに取引のある大口の顧客で、関係を損なうと被害が大きいと書いています。新規の見込み客に送るような売り込みの強い連絡を、長く付き合ってきた取引先の役員に送ってしまえば、取り返しがつきません。誰がどの関係者に何を届けるかを、営業の担当者と先にそろえておく必要があります。
二つ目は個人情報です。会社そのものの情報は個人情報ではありませんが、ABMで描く「会社の中の地図」には、担当者の氏名や部署、役職が並びます。これらは個人情報なので、取得するときには利用目的の通知や公表が必要です(個人情報保護委員会のガイドライン(通則編))。名刺やSNSの公開情報から関係者を書き出すときも、何に使うかを説明できる範囲にとどめておくのが確かです。
三つ目はAIです。2026年は、会社ごとの公開情報の下調べや、提案資料の下書きをAIに頼めるようになり、1対多数のABMでも会社ごとの出し分けが手軽になりました。でも、手軽になったぶん、相手の会社名と業界の一般論を差し込んだだけの「個別化風」の連絡も増えています。受け取る側は、自分の会社のことを本当に調べた連絡かどうかを案外すぐに見抜きます。AIで下調べを速くしたら、その時間を営業との仮説のすり合わせに回す。順番を逆にしないことが、いまのABMでは前より効くと思います。
中小企業やスタートアップにABMは早い、と言われることもあります。でも対象が数社なら、大きな仕組みは要りません。むしろ営業とマーケティングが同じ人だったり、隣の席にいたりする小さな組織のほうが、ABMの前提になる協働をつくりやすい面もあります。
ABMに関するよくある質問
ABMを簡単に言うと何ですか?
取引したい会社を先に選び、その会社のためだけの提案と接点を、営業とマーケティングが一緒に設計するBtoBマーケティングの手法です。多くの人を集めてから買う人を探す従来のやり方とは順番が逆で、選んでから届けます。単価が高く、関わる人の多い商材で使われます。
ABMにツールは必要ですか?
対象が数社のうちは、必ずしも必要ではありません。表計算のシートで会社の中の関係者と接点を記録し、営業と定期的に見直すだけでも始められます。対象が数十社を超えて、会社ごとの反応を自動で追いたくなった段階で、企業データベースやインテントデータ、企業単位の広告配信などを検討するのが無理のない順番です。
中小企業やスタートアップでもABMはできますか?
できます。対象を数社に絞るストラテジックABMなら、大きな予算や専任の組織は要りません。営業とマーケティングの距離が近い小さな組織のほうが、対象選びや会社ごとの提案を一緒につくりやすい面もあります。気をつけたいのは、対象を増やしすぎて一社ごとの提案が薄くなることです。
アップルのABM(Apple Business Manager)とは違うものですか?
まったく別のものです。アップルのABMは、会社で使うiPhoneやMacなどの端末をまとめて管理するための法人向けサービスの名前で、現在はApple Businessに統合されています。この記事のABMは、取引したい会社を選んで関係を深めるBtoBマーケティングの手法を指します。
おわりに──ABMとは、売らない会社を営業と一緒に決めること
ABMの話になると、どのツールを入れるか、どれだけ会社ごとに出し分けるかに目が向きがちです。でも、いちばん時間をかけるべきなのは、最初の対象選びの打ち合わせです。そこで営業と一緒に何社を外せたかで、その後の一社ごとの提案の深さが決まります。
ABMは「誰に売るか」を決める手法に見えます。でも本当は、「誰に売らないか」を営業と一緒に決める手法です。
網を広げる手を一度止めて、自分たちが本気で関係を深めたい会社を三社だけ挙げてみてほしいと思います。その三社の中で誰が何に困っているかを答えられるかどうかが、ABMを始められるかどうかの分かれ目になります。