よそおいの話

KAWAII LAB.のマーケティング──「SNSファースト」でアイドル産業を塗り替えた設計の話

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「私の一番かわいいところ」という曲を知っているだろうか。

FRUITS ZIPPERの楽曲で、TikTokの再生数が28億回を超えている。

28億。日本の人口の約22倍です。

ぼくがこの数字を見たとき、最初に思ったのは「曲がいい」よりも「設計がうまい」でした。マーケターとして、そこに興味が向いてしまった。

KAWAII LAB.とは何か

KAWAII LAB.は、アソビシステムが2022年に立ち上げたアイドルプロジェクトです。FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE、CUTIE STREET、SWEET STEADYをはじめ、MORE STAR、fav me、Toi Toi Toi、log youなど8つのグループを同時展開しています。

ASOBI SYSTEM ウェブサイトより

2023年には、FRUITS ZIPPERが日本レコード大賞の最優秀新人賞を受賞。TikTokのトレンドチャートTOP50に、3グループ合わせて9曲が同時ランクインするという状況も生まれています。

2026年には新プロジェクト「PEAK SPOT」も始動。これまで別グループで活動していたメンバーが集結したユニットで、グローバル展開を視野に入れています。

なんでこんなことが起きているのか。それを分解すると、かなり意図的な「設計」が見えてきます。

メディアフローを逆転させた

従来のアイドルビジネスのメディアフローはこうでした。

レコード会社と契約 → テレビ・ラジオで露出 → CDが売れる → ファンが増える。

マスメディアが起点で、SNSは補助的な役割でした。

KAWAII LAB.はこれを逆にしています。TikTokで先にバズらせて、その後にテレビ出演やイベントに繋げていく。CANDY TUNEがテレビで初パフォーマンスをしたのは、すでにSNSで一定の認知を持った後でした。

「SNSで知った → 好きになった → テレビで見た」という順番に変わっています。

これはただ「SNSを頑張る」という話ではありません。入口をマスメディアから切り離すことで、従来の音楽業界の流通構造に乗らなくても成立するモデルをつくっています。

楽曲が「バズるように」設計されている

TikTokで28億再生を生んだ楽曲は、偶然バズったわけではありません。

KAWAII LAB.の楽曲にはいくつかの共通した仕掛けがあります。ひとつは「ディスソナンス」と呼ばれる設計で、ボーカルの質感が異なるメンバー同士の切り替わりを意図的に多用しています。

スクロール中にこれが耳に入ると、脳が「何?」と反応して手が止まる。そのまま見てしまう。TikTokのアルゴリズムは視聴完了率を重要なシグナルとして扱うので、この「止める設計」がそのまま拡散力に繋がっています。

「私の一番かわいいところ」(FRUITS ZIPPER)の冒頭には「あれ気付いちゃいましたか?」というナレーションが入っています。これもコメント欄を動かすための仕掛けです。「何に気づくの?」という問いが生まれると、ユーザーが自発的に反応を書き込む。コメント数が増えるとアルゴリズムがさらに拡散する。この手法は「かわいいだけじゃだめですか?」(CUTIE STREET)にも使用され、再生回数は50億回以上を記録しています。

楽曲が「聴かれるもの」であると同時に「シェアされるコンテンツ」として設計されている。この違いは大きいと思います。

振付師・槙田紗子が作った「止まる振付」の設計

「わたしの一番かわいいところ」がここまでバズった理由は楽曲だけではありません。振付にも、かなり意図的な設計があります。

振付を手がけたのは槙田紗子さん。元アイドルグループ「PASSPO☆」のメンバーで、卒業後は振付師に転身。今や月10本以上の振付を手がける「日本一話題の振付師」です。

槙田さんが振付で意識しているのは「目でダンス、耳で歌詞という情報を取り入れて、そこが合っていないものは頭に入ってこない」という原則です。歌詞の言葉と体の動きを完全に一致させることで、見ている人の脳が情報を処理しやすくなる。「かわいい」という歌詞のところで「かわいい」を表現する動きが重なる。それが記憶に残ります。

TikTokで再生される振付には、もうひとつの特徴があります。上半身、特に手首や指などの関節を細かく使う動きです。スマホの縦画面で見たときに映える動きになっていて、ユーザーが「真似したい」と思える難易度に調整されています。

振付がバズることで、楽曲がさらに広がる。FRUITS ZIPPERの楽曲は「聴かれるもの」であると同時に「踊られるもの」として設計されていて、その両面がTikTokというプラットフォームで掛け合わさっています。

「全員センター」というブランド設計

KAWAII LAB.がもうひとつ面白いのは、「全員がセンター」というコンセプトです。

FRUITS ZIPPER

従来のアイドルグループには階層があります。センターがいて、サブセンターがいて、バックメンバーがいる。ファンの熱量もその構造に沿って集中します。

KAWAII LAB.はこの構造を意図的に壊しています。メンバーの個性や「欠点さえも」かわいいとして受け入れる。誰かに光が当たるためには誰かが影になるという設計ではなく、全員が主役として立てる場をつくっています。

これはK-POPモデルへのカウンターでもあります。K-POPは洗練されたビジュアルと高い完成度を軸にしていて、日本のアイドルがそのまま戦うと不利なフィールドです。KAWAII LAB.は「かわいさの民主化」とでも言うべき方向に舵を切ることで、独自のポジションを築いています。

複数グループ同時展開という「仕組み」

FRUITS ZIPPER一本でここまで来たのではなく、複数グループを同時に走らせているのも重要なポイントです。

グループごとに世界観・ターゲット・楽曲の方向性が違う。ファン層が被りすぎないように設計されています。ひとつのグループをきっかけに入った人が、他のグループにも興味を持つ。KAWAII LAB.というプロジェクト全体へのエンゲージメントが広がっていく。

これはメディアビジネスで言えば「ポートフォリオ戦略」に近い感覚です。一本のコンテンツに賭けるのではなく、複数の入口をつくって全体のファネルを広げる。

しかも複数グループが同時にチャートに入ることで、「KAWAII LAB.が今来ている」という空気がつくられます。一つのグループの成功が、プロジェクト全体の認知を押し上げる構造になっています。

プロデューサーはこう語っています。「バズることより、ストーリーやコンセプトの変化を通じた継続的なコンテンツ価値創造が重要」と。この言葉は、単発のバズを狙うコンテンツマーケティングへの批判でもあると思います。一回バズっても次が続かなければ消えていく。KAWAII LAB.が継続的に新しいグループを育てながら複数の文脈でトレンドに入り続けているのは、「バズを設計する」と同時に「継続できる仕組みを作る」という両輪があるからです。

木村ミサというプロデューサーの存在

KAWAII LAB.の設計を語る上で、総合プロデューサーの木村ミサさんの存在は外せません。

木村さんはもともとアイドルグループ「むすびズム」のリーダーとして活動していた人で、2021年にアソビシステムから「新しいアイドルプロジェクトの総合プロデューサーをやってほしい」という打診を受けて、KAWAII LAB.の立ち上げに加わっています。

木村さんがこだわるのは「等身大」です。「こうしなさい」ではなく、メンバーが自分の気持ちをそのままパフォーマンスに乗せられるかどうかを大切にしていると語っています。「アイドルをプロデュースするということは、メンバーの人生を背負うこと」という言葉も残しています。

この哲学は「全員センター」というコンセプトとも繋がっています。誰かを輝かせるために誰かを影に置くのではなく、全員が主体的に動ける場をつくる。それはコンセプトである以上に、プロデューサーとしての信念として機能しています。

アイドルをやっていた人間がプロデューサーになる、というキャリアは珍しくないように見えて、ここまで設計を言語化して実行できる人は少ないと思います。自分がステージに立っていたからこそ、メンバーの視点で何が必要かが見えるのかもしれません。

ブランドやマーケターが学べること

ぼくがKAWAII LAB.のケースを面白いと思うのは、アイドル産業の話にとどまらないからです。

コンテンツを「消費されるもの」として設計するのか、「シェアされるもの」として設計するのかは、あらゆるブランドのコンテンツマーケティングに関わる問いです。

「止める設計」はTikTokの楽曲だけの話ではありません。広告クリエイティブの最初の1秒、メールの件名、記事の冒頭200字。どこで「手が止まるか」を設計することが、コンテンツの拡散力を決めます。

「全員センター」の発想も、チームやブランドの設計に応用できます。誰かに光を集中させるモデルは短期的には強いけれど、その人が抜けたときに構造が崩れる。全員が主役になれる仕組みをどう作るかは、組織論としても面白い問いです。

あとメディアフローの逆転は、いまあらゆる業界で起きていることでもあります。テレビで知る → 店に行く ではなく、SNSで見る → 直接買う というルートが当たり前になっています。マス起点の設計を前提にしたブランドコミュニケーションは、いまどこかで前提を疑う必要があると思っています。

「バズった日がリリース日」という設計思想

アソビシステム代表の中川悠介さんが、あるインタビューでこんな言葉を使っています。

「バズった瞬間がリリース日」。

これは単なるキャッチフレーズじゃありません。KAWAII LAB.の楽曲制作・リリース戦略の核心を表している言葉だと思います。

FRUITS ZIPPERの「わたしの一番かわいいところ」は、最初にMVがあったわけじゃありません。TikTokで火がついてから「あまりの人気に」MV制作が決定されています。バズを確認してから、投資する。

CANDY TUNEの「倍倍FIGHT!」はさらに極端です。リリースは2024年4月。TikTokでのバズが始まったのは2025年1月。8ヶ月のタイムラグがあります。そのバズを受けてMVが公開され、最終的にTikTok再生数は40億回を超えました。

従来の音楽業界のフローはこうでした。

楽曲制作 → MV制作 → リリース → プロモーション → バズを祈る。

KAWAII LAB.はこれを逆にしています。

楽曲をリリース → SNSでバズを確認 → バズを確認してからMVに投資 → MVでストリーミングを加速させる。

マーケターの言葉で言えば、これは「需要確認後の投資判断」です。

MV制作にはコストがかかります。従来の業界では、そのコストを需要が確認される前に投じていた。KAWAII LAB.はTikTokのバズを「需要の実証実験」として使い、確信を得てから追加投資に踏み切る。リスクを最小化しながら、リターンを最大化する設計です。

これはスタートアップのリーンな開発手法に近い感覚です。仮説を小さく試して、反応を見て、スケールするかどうかを判断する。KAWAII LAB.は音楽業界で、それをやっています。

「バズを待つ」のではなく「バズを起点に設計する」。この発想の転換は、コンテンツマーケティングを考えるブランドにとっても参考になると思います。

バズは広告費、ライブで回収する設計

KAWAII LAB.のビジネスをざっくり分解すると、こういう構造になっています。

SNSのバズで認知を作る。ファンクラブで定額課金する。ライブとグッズで大きく回収する。

ファンクラブの月額は880円。FRUITS ZIPPERもCANDY TUNEも同じ価格設定です。チケット先行や限定動画が特典で、安定した定額収入の土台になっています。

でも、収益の本丸はライブだと思います。

FRUITS ZIPPERは2026年2月に東京ドームで単独公演を行いました。チケット価格12,000円、動員5万人。単純計算で6億円。これが1公演分の数字です。2026年のアリーナツアー全体では動員18万人規模が見込まれています。

ここで重要なのは、SNSのバズ自体は直接の収益源ではないということです。TikTok28億再生からの広告収益は、スケールに比べると小さい。Spotifyのストリーミング収益も同様です。

バズの役割は「集客コストゼロの広告」として機能させることです。テレビCMや広告費をかけずに認知を取り、その熱量をライブ動員とファンクラブ課金に変換する。これはK-POPが確立したモデルに近い発想です。

グローバル展開もこの設計に沿っています。公式ECは118ヶ国に発送対応していて、アジアツアー(台北・上海・ソウル)ではJTBと組んでツアーパッケージを販売しています。バズがグローバルに広がるなら、回収チャネルも最初からグローバルに設計しておく。

アソビシステムは新子会社「Asobidas」を2025年に設立し、2030年に売上300億円・IPOを目標に掲げています。現在の総資産は約7.5億円。そこからどう300億に持っていくかという野心的な計画です。

「推し活」という消費行動を設計する会社として、ファンクラブ・ライブ・グッズ・海外展開を縦串に刺すプラットフォームに進化しようとしている。そう読むと、KAWAII LAB.はそのプラットフォームを証明するためのショーケースでもあるのかもしれません。

おわりに

KAWAII LAB.は「かわいい」という言葉を軸にしながら、実態はかなり構造的なマーケティングの実験をしています。

SNSファーストのメディア設計、バズるように作られた楽曲の構造、階層を崩したブランド設計、複数グループによるポートフォリオ戦略。それぞれが単体でもわかりやすい打ち手ですが、全部が同時に動いているのが面白い。

「なぜこれがバズったのか」を分解する習慣は、マーケターの感性を保つ上で大事なことだと思っています。28億再生の楽曲の裏側に何があるかを考えることが、自分の仕事の解像度を上げてくれる気がします。