カウンターオファーとは、引き止めの好意ではなく、あなたが抜けることで発生するコストの見積書です。
退職を伝えたあとに、現職から昇給や昇格、異動の提案が出てくる。この対案がカウンターオファーです。悪いものではありません。ただ、出てくる理由を理解しないまま受けると、半年後に同じ場所に戻ります。
採用側で中途の面接に関わっていた立場から、引き止めが起きる構造と、受けていい条件、断るときの進め方を整理します。
カウンターオファーとは何か
カウンターオファーは、退職の意思を伝えた社員に対して、現在の勤務先が提示する引き止めの条件を指します。他社の内定に対する対案、という意味合いの言葉です。年収の上乗せ、昇格、担当業務や部署の変更、勤務地の調整といった形で出てきます。
まず押さえておきたいのは、退職そのものは会社の許可を必要としないという点です。民法第627条第1項は、期間の定めのない雇用について、各当事者はいつでも解約の申入れができ、雇用は申入れの日から2週間を経過することによって終了すると定めています(民法・e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)。
就業規則に「退職は1か月前までに申し出ること」と書かれている会社は多く、実務では引き継ぎのためにそれに従うのが円満です。ただ、引き止めを断り続けられない法的な理由はありません。この前提を知っているかどうかで、話し合いの場での落ち着き方が変わります。
タイミングにも型があります。多くの場合、直属の上長との1回目の面談では慰留の言葉だけが出て、条件が具体化するのは2回目以降です。1回目と2回目のあいだに、上長は人事や部門長と話しています。つまり最初の面談で出た言葉は、その人個人の反応であって、会社の回答ではありません。ここを区別しておくと、感情に引っ張られずに済みます。
引き止めの種類と、確認すべきこと
カウンターオファーは4つに分けられます。それぞれ、確かめるべきポイントが違います。
| 引き止めの型 | 提示される内容 | 確認すること |
|---|---|---|
| 金銭型 | 昇給、賞与の上積み | 次の評価まで維持されるか、原資はどこか |
| 役割型 | 昇格、担当領域の拡大 | 正式な発令か、口約束か |
| 環境型 | 異動、上長の変更、勤務地の調整 | いつ実行されるか、誰が決裁したか |
| 情緒型 | チームへの影響、恩義の話 | 条件が何も変わっていないこと |
4つのうち、判断を狂わせるのは情緒型です。条件は1つも動いていないのに、断ることへの罪悪感だけが積まれます。ここで確認したいのは単純で、提示された内容のうち、書面に残るものはどれかという一点になります。
4つの型は、単独では出てきません。金銭型と情緒型が組み合わさり、役割型が口頭で添えられる形が一般的です。だから、提示された内容を自分でいったん分解する作業が要ります。金額はいくら上がるのか、いつから適用されるのか、役割の変更は誰の決裁で決まっているのか。分解して書き出すと、実際に動いている条件が思ったより少ないことに気づく場合があります。
採用側から見た引き止めの構造
会社が引き止める理由は、あなたへの評価だけではありません。欠員が出たときのコストが具体的に見えているからです。採用にかかる費用、後任が立ち上がるまでの数か月、引き継ぎで止まる案件。人材紹介会社を使えば、理論年収の3割前後の手数料も乗ります。
だから、退職を伝えた瞬間にだけ条件が動くことがあります。これは不誠実というより、その金額を出す決裁の理由が、そのときにできたという話です。逆に言えば、退職の意思表示がないと動かなかった、という事実がそこに残ります。
そのうえで、引き止めを受けたあとに何が起きるか。多くの職場では、想像されるほど露骨な冷遇は起きません。ただ、次に大きな案件やポストを割り振る場面で、「またいなくなるかもしれない人」という前提が働くことはあります。そこを織り込んだうえで判断してほしいと思います。
もうひとつ。カウンターオファーが出たということは、あなたの市場での評価が現職の想定を上回ったという情報でもあります。この情報自体には価値があります。受けるにせよ断るにせよ、その事実は自分の中に残しておいてください。
断ると決めたときの伝え方も、ひとつだけ型があります。理由を並べないことです。理由を挙げるほど、その一つひとつに対案が返ってきて、話し合いが長くなります。「考えた結果、決めました」と結論だけを置いて、次に引き継ぎの話へ移す。冷たく見えますが、双方の時間をいちばん短くする進め方だと思っています。
よくある誤解
- 引き止めを受けたら評価が上がった証拠:評価というより、欠員のコストが計算された結果です。両方が混ざっていることもあります。
- 受けたら気まずくなる:気まずさより実務的な影響のほうが大きく、大きな役割の割り当てで慎重に扱われることがあります。
- 退職は会社が認めないとできない:期間の定めのない雇用なら、申入れから2週間の経過で終了します。就業規則の期間は引き継ぎの実務のための取り決めです。
- 断ると円満退職ではなくなる:断り方の問題です。感謝を先に置き、決めた理由を短く伝え、引き継ぎの計画を出す。この順番なら関係は残ります。
よくある質問
カウンターオファーを受けていい条件はありますか
あります。退職を考えた理由が、その提示で実際に解消される場合です。年収が理由なら金額、業務内容が理由なら役割、人間関係が理由なら異動。しかも、それが口約束ではなく発令や辞令として書面に残ること。この2つが揃っているなら、受ける判断に無理はありません。逆に、理由と提示がずれているときは、金額が大きくても半年で同じ場所に戻ります。
受けたあと、社内での評価は下がりますか
露骨な冷遇は多くありません。ただ、長期の案件や後任の育成といった、腰を据えて任せる役割の割り当てでは慎重に見られることがあります。受けると決めたなら、引き止めに応じた理由を上長と共有し、これからやりたいことを言葉にしておくほうが、その空気は早く消えます。
いったん退職を伝えたあとに撤回できますか
会社が承諾する前の解約の申入れであれば、撤回の余地があるとされます。ただし、退職届が受理されて退職日が確定していると、撤回は会社の同意が要る話になります。迷いがあるうちは、退職届を出す前に上長と話す段階で止めておくほうが選択肢は残ります。
引き止めが強くて話が終わりません
退職日を先に固定してください。日付が決まると、話し合いの議題は引き継ぎに移ります。面談を繰り返されるなら、書面で退職の意思を提出し、以後は引き継ぎの相談だけを受ける形にします。それでも進まない場合は、退職の手続きを外部に委ねる方法もあります。
まとめ
カウンターオファーは、あなたの価値の証明ではありません。あなたが抜けたときに会社が払う金額の、試算結果です。
話し合いが成立しないところまで来てしまったときの選択肢は退職代行の使いどころに整理しました。そもそも辞める前に確かめておきたいことは転職の前に後悔しないために確認することのほうが順番として先になります。
提示された金額を見て迷ったら、思い出してほしいことがあります。その金額は、辞めると言うまで出てこなかった金額です。